ep.2:阿倍野橋 夢はロプトに行きたい
第6話 夢様の日常
夢様。
って、呼ばれるのはやめてほしいなって思ってた。
でも、仕方ないかな。
ハルパスグループの社長の娘--だから。
私の--ではなくペンネーム【
そういうのを隠せるネットはいいなって思った。
でも、SNSとかの言葉の行き違いで、いざこざがあったり、ひどい
ブログに写真を載せるときは、必ず天王寺さんに、映り込みとかがないかをチェックしてもらっている。
「夢さん」
小学生のころから身の回りの手伝いをしてくれている(いわゆるメイドの)天王寺 町子さんは、うやうやしく小包を持ってくる。
「ペントルさんから、夏の新商品のサンプルって書いてました」
「--あー」
ハルパスグループの社長の娘へのプレゼント、として、私のところには文房具がたくさん届く。ハルパスグループのデパートが5つ、大きな駅の近くにあって、小学校に入学するとき、ランドセルを選んだ時も、両親だけじゃなくていろんな人がいて、そこで、その時は全く何の意図もなく、「夢はいろんな文房具でいっぱい勉強をしたいです」と言ったら、それ以来、ペントル、ピピロット、ラッセラーといった有名な文房具のメーカーが、こうやって新商品が発売されるたびに、サンプルといって家に送ってくるようになってしまった。親を通して断ってはいるものの、「サンプルですので」ということであまりきいてもらえていない。
なので捨てるにも捨てられないし、自分が使いきれない分は、寄付をしたりしていて、中学のころからはブログもはじめてみた。宣伝のためではなく、自分が使ってみてよかったこととかをきちんと書くようにしている。そして、私を私と知らない人達が読んでくれて--「いいね」を押してくれるのだ。
中身は、ペントルの大ヒットボールペンシリーズの新色。『サマービンテージ全6色』についてはもちろん知っていた。
でも、できれば、こうやって届けてもらうんじゃなくて……、普通におこづかいをもらって、それでロプト雑貨店に行って、あれこれ試し書きをして、選んで買う、ということをやってみたかった。ひとりや子供だけでの外出は禁止で、中学校もセキュリティのためにほぼ毎日車での通学だった。そしてとても残念なことに、ハルパスグループのテナントならいつでも行けたのに、ロプト雑貨店はハルパスに無かったのだ。
もちろん何回かは、お父様やお母様とロプトに行ったことはあったが……何分もじっと文房具をいつまでも、見つめて書いてながめて、ほうっとする……ことをしたかったのだ。
小学校でも中学校でも、休み時間にみんなが、「あのペン買いにいったよ~」とかいう会話をしているのを(本を読みながら)耳だけ集中してききつつ、ああ、私も行ってみたいな……と、よく思っていた。
「夢さん、今日は社長がこちらに戻られるとのことでしたよ」
「ああ、それなら、夜ご飯の時にお礼を言うね」
お父様は夜帰ってくるのが遅く、出張も多い。この前一緒に食べたのがたしか、高校の入学式の日、1か月くらい前だったと思う。
自分でいうのもなんだけど……お父様は一人娘の私に溺愛気味だと思う。
「ごめんね、なかなか時間あわなくて」
「気にしないで。あと、ペントルさんからボールペンをもらったから、お礼を言ってほしい」
「もちろん! 夢ちゃん、もっと他にほしいものある?」
「いや、今すぐには……」
「
そしてお母様にたしなめられるのもいつものことだった。
「いやー、そうだねぇ……でも夢の誕生日はお祝いしてもいいよね? どこ行きたい?」
日本中なら即OKが出そうな勢いで聞いてくる。
「うーん……」
私は指でツインテールにしていた髪をくるくるといじった。特に旅行の希望は無い、なんて言ったら、お父様は悲しむだろうな。
「ええと、今度オーサカドームでプロ野球の試合で……パスス選手が来日するっていう……」
私は文房具を集めたり使ったりすることのほかに、野球も好きだ。観戦する程度には好きなんだろうと両親は思っている。小学校のときに活躍していた選手が来るということを伝えてみた。
「そうなんだね! じゃあ、日付確認する! まかせといて!」
「ああっ、お父様、その--始球式はしなくていいからね」
「ふふふ」
お母様は笑っていた。
小学校のとき……まだ野球のルールも全然覚えていないころ、誕生日にはお父様から自分より大きなぬいぐるみだとか、庭に新しいブランコだとか、スケールの大きなプレゼントばかりもらっていたのだが、「ボールを投げたい」と言ってしまったので……オーサカドームのプロ野球の試合で、始球式をやることになってしまった。
『本日はハルパスグループとセントラルグループのサービスデーとなっております。始球式はハルパスグループご息女、阿倍野橋 夢さんと!』
アナウンスは、球場いっぱいに私の名前を響かせる。
『セントラルグループご長男の、姫路 叶穂さんです!』
緊張して目の前にボールを落としてしまった私とは対照的に、あの時の姫路君は、目をキラキラさせて喜んでボールをなげて、バッターの手前にボールは転がったけど、大喜びしていた。
寄り道はせず、高校を出てからまっすぐ坂を下りて、ほどなく見えてくる緑青学園前駅のすぐそばにある伝説の踏切の前で、右に曲がる。
(そういえば姫路君も買い物とか、一人でいけるのかな?)
姫路君からはタイムリーに、メッセージが届いていた。
『今度オーサカドームにパスス来るんだって。もし見るんなら、席とったろか?』
『ありがとう。ちょうど、お父様にお願いしたところ』
『了解、楽しみやな』
姫路君は、弟の
「お嬢」
呼ばれて踏切の向こう側を見ると、生駒さんだった。私のことをお嬢と呼ぶのはただ一人この人だけだ。見た目は細くて、髪の毛は金髪。今の黒っぽいスーツ姿じゃなくて、アロハシャツとか、紫のスーツとかを着ていたら、まず間違いなくヤンキーにしか見えない。サングラスは胸のポケットにさしている。踏切は上がっていたので、ひょいひょいと生駒さんはこちらに渡ってきてくれた。
「こんにちは生駒さん。今日は姫路君のお迎えですか?」
「そ。社長が会食に出すから連れてこいって」
私たちが踏切の前で話していると、通りかかるほかの女子高の生徒が、ささやいているのがきこえた。「あれって阿倍野橋さんだよね」「ハルパスの」「何あの隣のイケメン……」生駒さんにも聞こえているのか、さっとキメ顔を女子高生に向けていた。
「どう? 高校楽しい? 行きかえりとか、気になるとこない?」
「はい、今のところ、道も一本だし、友達もできましたし、同中のクラスメイトもいるんで」
「なんか部活しないの? この前天王寺としゃべってたら、高校の部活は、条件があえばOK出そうってきいたけど」
「そう、ですね……」
中学ではセキュリティのこともあって部活はできなかった。それでなくても、遠足の時とかは護衛がたくさん来て、びっくりした。
「あんまり、お父さんのこととか、俺らのこととか考えなくて、やってみたい部活とか、行ってみたいとことかあればまず言うようにしてね。俺らの仕事は、クライアントに依頼された、大事な人がのびのび行動できるように守ることだからね」
「……ありがとうございます」
「うん、俺なんか今良いこと言った!」
生駒さんはもう一度キメ顔をして、ジャケットに風を入れる。その下に、肩から胸にかけてベルトがあって--腰のベルトには、暴漢から私たちを守るための警棒がちらっと見えた。
--
ハルパスはあべのハルカス(ビルの名前)、ロプトは有名雑貨店のもじりです。その他、いろいろもじりの名前があって、検索すると他の会社名やゲームキャラクターの名前等で出てきますが、特にそちらにどうこうという意図はありません。
なお、あべのハルカスにロフトはあります。(以前あべのandにあったのが移転)
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