閑話1:初交流②


 第四班の研究室は、いつも賑やかだった。

 魔術士団のメンバーが天幕に術式を書き、発動させ、その反応を見ては検討を重ねていく。そんな試行錯誤を見ていると、学校のグループ学習を思い出す。机をくっつけ、互いに意見を探り合いながら一つの課題に取り組む姿。あの頃はただ苦痛でしかなかったのに、魔術士団のみんなと話すのは、不思議と楽しい。


 ちょうど一息ついて、部屋の隅に腰を下ろす。窓の外をぼんやり眺めながら、ここ数日の忙しなさを思い返した。宮廷楽団の練習と四班との往復で、息をつく暇もなくて、ちょっと疲れてきていた。

 そのとき、ふいに温かな湯気が頬をかすめた。


「ん」


 シルヴィオくんが、コップを差し出してくる。

 思いがけない行動に固まってしまうと、「いらねーのかよ」と不貞腐れたように言う。

 慌てて「ありがとう」と受け取り、一口。甘い香りが広がり、じんわりと胸に染みていく。


 彼自身も休憩するのか、椅子を引き寄せて隣に座る。ズズッと音を立てながら飲み、賑やかな研究室を眺める横顔は、どこか楽しげだった。


「……うっせーだろ」


「えっ?」


 唐突な言葉に戸惑う。

 確かに、術式を書く仲間に遠慮なくツッコミを入れる声、その裏では本をめくりながら男女のメンバーが討論を繰り広げている。

 “研究室”と聞いて想像していた黙々とした実験の風景とはまるで違って、文化祭前夜の教室のようだ。明日への高揚感に包まれ、一丸となって作業に没頭する――そんな空気は、嫌いじゃなかった。


「でも、みんな楽しそう」


「だろ。お前が持ってきた仕事、俺も超楽しい」


 へへっと笑った顔に、思わずつられて笑みがこぼれる。

 胸の奥がくすぐったく、けれど嬉しさが溢れてくる。

 口は悪くぶっきらぼうだけれど、彼の言葉は決して否定的ではないことが、少しずつわかってきた。

 間違いは間違いと言って、いいアイディアには目を輝かせて称賛する――ひたむきで、魔術を心から楽しむ姿。だから、嫌いにはなれなかった。

 そして、アレクシウス王子や薄明竜とは違う、同級生と話すような距離感が、どこか懐かしい。


 そんな気持ちに浸っていると、ふいにシルヴィオくんが声をかけてきた。


「なぁ……なんでお前、そんなに頑張んの?」


 真剣な顔。

 意図が掴めず首を傾げると、「宮廷楽団の練習にも行ってんだろ」と言葉を足す。疲れを見透かされていたのかもしれない。甘い飲み物をくれたのも、きっとそのせいだ。


 改めて考え込み、沈黙の末に出てきた言葉は一つ。


「……初めて頼まれたから」


「殿下に?」


「うん。それもあるけど――初めて役に立てるなって」


 視線を落とし、左手に薄っすら宿る魔力の気配を確かめる。


「この世界に来たとき、聖女なのに何もできなくて……。変わらないなって思ったの。人と話すのも苦手で、このままずっとあの塔の中にいるんだって考えたら、やるせなくなって」


 ――だから、薄明竜が声をかけてくれたとき、ものすごく嬉しかった。

 「隣にいる」と言われたとき、どれほど安堵したか。きっと彼は知らないだろう。

 あの言葉があったから、私は前を向けたのだ。


 まだ、人と話すのは緊張する。けれど――薄明竜がいてくれる、そう思うだけで、とても心強かった。

 こうして魔法を使えるようになったのも彼のおかげ。本当に、感謝してもしきれない。

 

「ようやく魔法が使えるようになって、自分の居場所を見つけられた気がするから……頑張りたいなって」


 顔をあげてシルヴィオくんに告げる。

 彼は虚を突かれたように目を丸くしたが、すぐに盛大な溜息をついた。


「……お前、ふつーに喋れんじゃん」


「へっ?」


「人と話すの苦手って言ってたけどさ。ウチの連中とめっちゃ喋ってんじゃん、どこがだよ」


 痛いところを突かれて、思わず口を濁しそうになる。

 でも、ここで言わなきゃ伝わらない――そう思って、震えながら声を絞り出した。


「っ、それは……その……オタクだから」


「おたく?」


「えっと、大好きなものがあると、つい熱を込めて話しちゃう人のこと。私、アイドルっていう歌を歌う人たちが大好きで……。同じ熱量で語れる仲間がいると、つい、夢中になっちゃうの」


 ジャンルは違っても、他人の“好き”を語る熱量ほど楽しいものはない。

 魔術士たちの研究談義は勉強にもなるし、聞いているだけで胸が躍る。

 前の世界でも、他担の人の話を聞くだけで共感できたり笑い合えたりした――あの感覚を、この世界でも味わえることが嬉しかった。


「ぷっ……あはははは!」


「なっ、なんで笑うの!?」


「っははは! だって聖女様が、俺たちの“仲間”だなんてさ。くくっ……!」


 腹を抱えて笑い声を上げるシルヴィオくんに、私はただオロオロするばかりだった。


「えっ、ダメなの? やっぱりおかしい……?」


「ちげーよ。悪かった。お前のこと、箱入りの貴族のお嬢様だと思ってたからさ」


 ニカッと笑うシルヴィオ。

 その笑顔には、何かを確信したような煌めきがあった。


「でも違ってた。お前は俺たちと同じ、好きなことを突き詰めるヤツなんだな」


「……そう、なのかな」


 自分では探求心が強い方だと思ったことはなかった。けれど――確かに、好きなことへの情熱は誰にも負けないのかもしれない。


「俺、魔術がめっちゃ好きなんだ。もっともっと探求したい。ハルカも一緒ならさ」


 パンッと肩を叩かれる。痛みが走るけれど、それが激励だとすぐに分かった。


「頑張って作ろーな!」


「うん!」


 太陽のようにまぶしく笑うシルヴィオくんと一緒なら、きっと良いものができる――そう思えた。


 こうして四重奏演奏会は最高の仕上がりとなり、彼らと共に創り上げられたことが、何よりも誇らしかった。

 音だけではなく、シルヴィオくんたちと作り上げた映像もまた観客の心を震わせる演出となり、その熱気は舞台の上まで届いてくるようだ。


 やっと「ここにいてもいいんだ」と思える場所ができた瞬間だった――

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