第32話 想い合う
私はあの後、丸1日、寝込んでいたらしい。
起きたときは、今が朝なのか昼なのか、わからなかったくらいだ。
アレクには、魔力を使いすぎていたことを説明したら、納得してもらえた。無茶はしないでほしいと、言葉では優しく言ってくれたけれど、目はかなり怒っていた。
さすがに私もやりすぎたと反省はしているので、次からは魔法を使っての自暴自棄はやめようと心に誓った。
念のため、体調のチェックを医療的な面と魔術的な面、両方から見てもらい、ようやく竜の塔に戻ることができたのは夕方だった。
(シグリード、怒ってないといいな)
朝は必ず挨拶をしてから、宮廷楽団や魔術士団のところへ行っている。
夜も今日の出来事を話しに訪ねているから、不審に思っているかもしれない。
でも「竜」という存在だ。泰然自若で「昨日は珍しいな」くらいのテンションで、迎えてくれるかもしれない。
右手で左手を包み込んで――――どうか、怒られませんように、と祈ってゆっくりと、シグリードの待つドアを開けた。
「……ハルカッ!」
ガッシャンと大きく鉄格子が揺れて、シグリードが大声を張り上げる。
その声の大きさに思わず身体がすくんでしまい、足が止まってしまった。
「一体、何があった!?急にお前の気配が薄くなって――――」
シグリードらしくない焦った声に、私はどう反応すればいいか頭がついていかなかった。
戸惑う私をみて、シグリードもハッと正気に戻り、いつもの落ち着いた表情を取り戻していく。
息を整え、自分を恥じるかのように身体を縮こませた。
「…………すまない、取り乱した」
鉄格子を握るシグリードの手が、ぎり、と音を立てた。
今にも鉄を砕きそうな力の入りように、彼がどれほど不安を抱えていたかが伝わる。
その仕草だけで、私の胸も締め付けられるように痛んだ。
高い塔に、長い年月をひとりで。
聖女の扉が開かぬ限り、彼はずっとここで待つしかなかった。
何百年もの孤独を耐えてきた竜が、こうして震えている。
――ずっと、私を待っていてくれたんだ。
固まっていた足が自然と前に出る。
ほんの数十歩の距離なのに、歩み寄るごとに彼の孤独を少しずつ埋めていくような気がした。
「……ちょっと、頑張りすぎちゃった」
努めて笑って答えると、震えていた手がわずかに止まる。
私はその大きな手に自分の手を重ねて、そっと包み込んだ。
言葉はいらない。ただ、この温度が伝わればいい。
最初に触れてくれたとき、私は自分がここに呼ばれた理由を知った気がした。
お互いに孤独で、寂しさを抱えて、それでも誰かを求めることをやめたくなかった。
だから――貴方が私を見て、傍にいると言ってくれた時、どれほど嬉しかったか。
くだらない話に付き合ってくれたり、契約の後は演出について一緒に考えてくれたり。
その一つひとつが楽しくて、誰かと心を分かち合うことの喜びを思い出させてくれた。
そして今。
いつもは支えられるばかりだったけれど、この瞬間だけは彼の支えになれた気がして、ほんの少しだけ、誇らしい。
「……待っていてくれて、ありがとう」
「あぁ」
深い声が応える。
短い言葉に、長い孤独と、今この瞬間だけの確かな安堵が宿っていた。
不器用な笑みが浮かぶ。その柔らかさを見られたことが、何より嬉しかった。
椅子に腰かけて、昨日、そして今日あったことをシグリードに説明する。
彼は次第に落ち着きを取り戻し、いつものように相槌を打ちながら聞いてくれた。
けれど、魔力に関してはアレクと同じように厳しく釘を刺された。ため息に怒りを滲ませながら、低く告げる。
「……どうして俺が、最初にお前の覚悟を確かめたかわかっただろう」
その言葉に胸が詰まる。
もしも契約が破棄されていたら――そう思うと、居たたまれなくて「ごめんなさい」としか言えなかった。
「お前は普段、抜けているようで、肝心なところで無茶をする。……側にはいてやれないが、話を聞くくらいはできる」
この言葉以上に、力強い支えはない。改めて、シグリードの心の広さに感謝した。
だから、つい弱さを打ち明けてしまう。
「……本当はね。ちょっと怖いんだ」
守る、とアレクは言ってくれた。もちろん信じているし、絶対の安心感がある。
本当に妨害があったとしても、きっと彼なら対処してくれるに違いない。
それでも――成功させられるかどうかは、自分の魔法にかかっている。
「ちゃんと出来なかったらって思うと……怖い」
胸の中が鉛のように重く、言葉は自然に零れた。
「……俺は、ここでお前が話してくれたことしか知らない」
シグリードが私の手を包み込む。
大きくて無骨で、それでいて温かい手だ。
「だが、会話の端々からでもわかることがある」
彼はまっすぐに見据えてくる。深い瞳に映る私は、いつだって迷ってばかりだ。
「――ハルカ。お前の魔法は『光』だ。ならば、そこに在るだけでいい。少なくとも、俺はそれで十分だ」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
私にとってシグリードこそ『光』だったのに――いつの間にか私も彼の光になれていたのだろうか。
「本当かな?」
笑って返すと、彼も苦笑して「言い過ぎたかもしれないな」と破顔する。
せいぜい火の粉程度か、と冗談めかして言われて、思わず憤慨する。
――でも、それでもいい。
小さな火の粉であっても、確かにここに在る。
胸の奥に灯った炎は、決して消えることはない。
「……怖いけど、やっぱり頑張るしかないよね」
思わず口からこぼれた言葉に、シグリードは黙って頷いた。
それだけで、ほんの少し強くなれた気がした。
*
こうして、宮廷楽団の分裂騒動は幕を下ろし、魔術士団との合同練習も再開した。
お互いに歩調を合わせ、少しずつ式典の全容が形になっていく。
そして時は流れ、いよいよ――竜の聖女のお披露目式典、当日を迎えた。
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