神様の人間観察プロジェクト~なんかスキルを与えてみよ~
アカミー
神様だって、社畜なんだぜ
「あー……だりい……」
はデスクの光るタブレットから顔を上げた。
ここは天界。俺の職場だ。
どこまでも続く真っ白な空間に、同じようなデスクが整然と並び、同僚の神々が光の粒子でできた書類を無言でさばいている。聞こえてくるのは、魂のデータがサーバーに転送される、かすかな電子音だけ。静かで、クリーンで、そして死ぬほど退屈な場所。それが俺たちのオフィスだ。
俺は神様だ。
といっても、世界を創造したり、奇跡をバンバン起こしたりするような、天地創造系の偉い神様じゃない。
所属は天界と下界の魂の総数を調整する『魂魄流量管理課』。現場で働く天使たちのとりまとめ役をやる、しがない中間管理職の神である。
主な業務は、天使たちが提出する報告書のチェックと承認、そして魂の流量予測グラフを眺めて、異常値が出ないか監視すること。実務は勤勉な天使たちがやってくれるから仕事は楽だが、その分、刺激というものが一切ない。
昨日も今日も明日も、ただ同じ数字を眺めるだけの日々。魂の輝きも、俺にとってはただのグラフの線にしか見えなくなっていた。
「おい、ちょっといいか」
そんな退屈な日常を打ち破ったのは、俺以上に退屈そうな顔をした俺の上司だった。
上司は、山のような書類の束を俺のデスクにドンと置くと、死んだ魚のような目で言った。その衝撃で、デスクの隅に置いていた下界のインスタントラーメンの空き容器がカタカタと揺れる。
「例のやつ、お前に任せることになったから」
「例のやつ、ですか?」
「『人間界における特異点ポテンシャルの定点観測』だ。お偉方のお達しでな。まあ、お前なら適任だろう」
なんだか小難しそうなプロジェクト名だが、要するに、だ。
「暇を持て余した上層部の神々(ジジイども)の娯楽のために、人間に変なスキルを与えて、その様子を観察して報告書にまとめろ」
という、あまりにも理不尽で、不謹慎極まりない業務命令である。
適任もクソもない。面倒くさい仕事を丸投げしてきただけじゃねーか。どうせ俺が一番ヒマそうに見えたんだろう。否定はしないが。
俺は頭をかきながら、分厚い資料の表紙をめくる。インクの代わりに、微かに神聖な香りがする紙だ。無駄なところにコストをかけやがって。
「あと、フォントは15でMeyrio UIな。カタカナのメイリオじゃなくて、アルファベットのMeyrio UIだぞ」
そういう細かいとこばっか、こだわるんだよな。本質を見ろよ、本質を。
俺はそう言いたいのをぐっと堪え、「承知しました」と返答した。
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自分のデスクに戻り、分厚い資料を前に深いため息をついていると、ふわりと花の香りがした。ふと顔を上げると、隣の部署のエースである女神が、こちらをのぞき込んでいた。彼女は、魂の輪廻転生を管理する部署で、その真面目さと仕事の優秀さで知られている。知的で、非の打ち所がないほど美しい。俺の唯一の癒しだ。
「やっほー。今日も仕事熱心だね。たまには休んで、下界で流行りのパンケーキでもどうよ? 俺の権限で、行列スキップさせてやるぜ」
「結構です。それより、何やら大変そうですね。新しいお仕事ですか?」
彼女は俺の軽口をスルーすると、心配そうにデスクの上の資料を覗き込んだ。本当に、困っている人間(や神)を放っておけない、真面目な性格なのだ。そのせいで、いつも損な役回りを押し付けられているのを俺は知っている。
「なんか面倒なのを押し付けられちゃったよ。見てくれよ、この書類の山」
「『人間界における特異点ポテンシャルの定点観測』? これ、大審議会直属のプロジェクトですよね? すごいじゃないですか、大役ですよ。しっかりやらないと」
「どうせお偉いさんの思い付きを聞かされた部下が、点数稼ぎにしようと理由付けしただけだって。対して意味なんかないよ」
俺は、そんなくだらないことのために働くのに嫌気がさした。あのクソ上司め。どうせこのプロジェクトの成果も、自分の手柄にするに決まってる。
女神は、俺のやさぐれた態度に、困ったように眉をひそめた。
「ですが、これも世界のバランスを保つための、大切な……」
「世界のバランスねえ。そのバランスとやらのおかげで、俺たちは毎日こうして、面白くもねえデスクワークに縛られてるわけだ」
俺の皮肉に、彼女は何も言えなくなったようだった。やれやれ、といった表情で肩をすくめると、自分の職場へと戻っていった。去り際に、彼女が小さな声で「……困ったことがあったら言ってくださいね」と言ってくれたが、俺は聞こえないフリをした。
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改めて資料に目を通す。プロジェクトの概要には、こうあった。
『神の奇跡により、現代人に特別なスキルを与えたときの思考・行動の変化を観察し、現代地球への理解度を深める』
つまり、「適当な人間に不思議パワーを与えたら、どんなことをおっぱじめるのか見てみたい」ってことだろ。ガキの遊びかよぉ。
大審議会のジジイどもは、よっぽど暇なんだろうな。そんな時間があるなら、下界の異常気象でもなんとかしてやれよ、と思う。
対象者のリストには、魂への影響を考慮して、一定の「奇跡耐性」を持つ人物がリストアップされているらしい。魂が奇跡の力に耐えられず、暴走したり壊れたりしたら、後始末が面倒だからな。そのへんは、抜かりがない。
パラパラとページをめくる。目に付くのは男ばかり。冴えないサラリーマン、夢見るフリーター、引きこもりの学生……。見事につまらんラインナップだ。
「なんで対象が男ばっかりなんだよ。どうせなら、悩める女の子にハッピーなスキルを授けて、人生をバラ色に変えてやるっていう、心温まるストーリーを展開したいんだけど」
俺が愚痴ると、資料の細かい注釈が目に入る。
『対象者の選定理由:男性は行動力・想像力が高く、自己の願望を実現させるため邁進する傾向がある。行動データを観測する対象として有利』
「はあ? つまり男は、考え無しで、くだらない妄想して、自分の欲望にすぐ負けるバカってことだろ。ご名答、その通りだよ!」
俺は、思わず一人でツッコミを入れていた。まあ、否定はしない。俺だって、もし下界に降りたら、まず美味いラーメン屋を探すだろうしな。
リストには、対象者の年齢、身体的特徴、過去の経歴に加え、未来の運命予測までご丁寧に記載されている。プライバシーもへったくれもない。
初めは低かったモチベーションが、ある記述を見て少しだけ持ち直した。
『該当のスキルを付与する際に、現世へ降臨し対象者と対話することが可能』
現世への降臨。
それは、基本的に仕事中は下界の観測しかできない俺たち神にとって、かなり貴重な権利だ。休日に行けないこともないが、予約制で値段も高い。先ほど、同僚の女神ちゃんを下界デートに誘ったのも、下界は人気の外出先だからである。天界の食事は、健康にはいいかもしれんが、味がしない。魂のエッセンスだかなんだか知らんが、俺はもっとジャンクなものが食いたいのだ。
現代社会でいうなら、経費で観光地を調査してこいと言われたようなものである。
このプロジェクト、案外悪くない。
「とはいえ、対象者リストを一通りみたけど、これと言って決めてがないなあ」
大審議会のジジイどもは、ただ面白いデータが欲しいだけだし、対象者やスキルに興味はない。クソ上司は報告書のフォントさえ合っていれば、文句は言わないだろう。
「だったら、俺の独断と偏見と個人的趣味でやっちゃっても……良いってことだな」
俺はニヤリと笑うと、リストの一番上にいた男を指さした。地味で面白みもなく、将来もさしてパッとしないやつ。こういう平凡な奴が、異常な力を手に入れた時の化学反応こそ、最高のエンターテイメントだ。
「よし、君に決めた!」
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俺は、資料に付属されていた『降臨許可証』を手に、現世への転送ゲートへと向かった。
ゲートまでの回廊は、様々な神々が行き交っている。武具に身を固めた軍神、美しいローブをまとった芸術の神、そして俺のような、くたびれたスーツ姿のサラリーマン神。天界も、多様性の時代らしい。
厳つい顔をしたゲートの門番に、許可証を見せる。こいつは、昔からの知り合いで、クソ真面目なことだけが取り柄の石頭だ。
「おう、ご苦労さん。ちょっと通してくれや」
「はい、拝見します。……降臨レベル2ですね。実体化はできますが、人間にはあなたの姿はぼやけて見えます。神の奇跡も、降臨目的の範囲でしか使えませんのでご注意ください」
門番は、生真面目な口調でそう告げた。相変わらず、融通が利かねえ。
「では、良い降臨を」
「おう。お前も、たまには下界の風にでも当たってきたらどうだ? 魂が洗濯されるぜ」
俺の軽口に、門番は眉一つ動かさなかった。
ゲートが、眩い光を放つ。
久々の下界だ。美味いもんでも食って帰るか。まずは豚骨ラーメン、それからバターサンド、締めにパンケーキだな。
「待ってろよ。俺が、お前のつまんねー人生を、ちょっとだけ面白くしてやるからさ」
俺は誰に言うでもなくそう呟くと、光の中に身を投じた。
神様パワー、見せてやるぜ!
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