第29話 風邪をひいた日

朝7時、美月のスマートフォンが鳴る。ベッドの中で薄手のネグリジェ姿の美月は、眠い目をこすりながら画面を見た。ひなたからのメッセージだった。


『みつきち、ごめん……今日、ちょっと調子悪い』


 美月はすぐに電話をかける。ネグリジェの肩紐がずれ、白い肩が露出したまま。


「ひなた? 大丈夫?」


『あ、みつきち……声、変だよね』


 確かに鼻声で、いつもの元気がない。


「熱は?」


『38度くらい……大丈夫、すぐ治るから』


「すぐに行くわ」


『え? でも、みつきちも忙しいでしょ?』


「あなたより大事な用事なんてない」


 電話を切って、美月は急いで準備を始めた。ネグリジェを脱ぎ捨て、動きやすいジーンズと白いブラウスに着替える。


 30分後、美月はひなたのアパートに到着した。合鍵を使って中に入ると、リビングでひなたが毛布にくるまっていた。パジャマ姿で、汗で髪が額に張り付いている。


「みつきち……本当に来てくれた」


 ひなたの声は弱々しく、目も潤んでいた。


「当たり前でしょ」


 美月は手際よくひなたの額に手を当てる。熱い。触れた瞬間、ひなたのパジャマが汗で湿っているのが分かった。


「これは結構な熱ね。病院に行く?」


「大丈夫……ただの風邪だから」


 ひなたが弱々しく首を振る。その動きで、パジャマの胸元が開き、汗で透けた下着が見えた。


「分かった。でも無理はダメよ」


 美月はキッチンに向かい、冷蔵庫を確認する。前かがみになった際、ジーンズが腰に食い込んだ。


「何か食べた?」


「食欲ない……」


 ひなたがソファに横たわる。パジャマのズボンがずり下がり、へそが露出していた。


「それじゃダメ。おかゆ作るから、少しでも食べて」


 美月は手際よく調理を始める。ブラウスの袖をまくり上げ、エプロンを着ける。その後ろ姿を、ひなたはぼんやりと見つめていた。


「みつきち、ごめんね」


「何が?」


「今日、パトロールの予定だったのに」


「そんなこと気にしないで」


 美月が振り返る。エプロンの紐が、ブラウスの上から体のラインを強調していた。


「あなたの体の方が大事」


 おかゆができあがり、美月は小さなお盆に載せてひなたの元へ運ぶ。ひなたは上体を起こそうとするが、パジャマがはだけて胸元が大きく開いた。


「はい、あーん」


「え? 自分で食べられるよ」


 ひなたが恥ずかしそうに胸元を押さえる。


「熱があるんだから、大人しくして」


 照れながらも、ひなたは美月に食べさせてもらう。スプーンを口に運ぶたび、ひなたの唇が艶めかしく光った。


「美味しい……」


「良かった。薬も飲まないとね」


 食事の後、美月は濡れタオルでひなたの額を冷やす。ひなたのパジャマを整えようとして、汗で肌に張り付いているのに気づいた。


「着替えた方がいいわね」


「うん……でも、動くのしんどい」


「手伝うわ」


 美月がひなたの着替えを手伝う。パジャマのボタンを外すと、汗で濡れた肌が露わになった。ピンクの下着も汗で透けている。


「恥ずかしい……」


 ひなたが顔を赤らめる。熱のせいか、恥ずかしさのせいか分からない。


「何言ってるの。看病してるんだから」


 美月が新しいパジャマを着せる。その手つきは優しく、まるで本当の姉妹のようだった。


「気持ちいい……」


 ひなたが目を閉じる。


「みつきち、いい奥さんになれるね」


「何言ってるの」


 美月が苦笑する。でも、頬は少し赤くなっていた。ブラウスの胸元で、ペンダントが揺れている。


 午後になっても、ひなたの熱は下がらなかった。むしろ少し上がっているようだった。汗の量も増え、新しいパジャマも湿ってきている。


「やっぱり病院に……」


「やだ」


 ひなたが美月の手を握る。熱い手のひらが、美月の手をしっかりと掴んだ。


「みつきちがいてくれれば、それでいい」


「ひなた……」


「ねえ、隣にいて」


 ひなたが布団の端を持ち上げる。美月は少し迷ったが、隣に横になった。ジーンズとブラウス姿のまま、布団に入る。


「あったかい……」


 ひなたが美月に寄り添う。汗で湿ったパジャマ越しに、ひなたの体温が伝わってくる。


「子供の頃を思い出す」


「え?」


「お母さんが看病してくれた時。でも、最近は忙しくて……」


 ひなたの声が小さくなる。美月の胸に顔を埋めた。


「寂しかった」


「ひなた……」


 美月がそっとひなたの頭を撫でる。汗で湿った髪の感触。


「もう寂しくないよ。みつきちがいるから」


 ひなたが微笑む。熱で赤くなった頬が、なんだか可愛らしかった。美月のブラウスに、ひなたの汗が染み込んでいく。


「ずっとこうしていたい」


「風邪が治ったらね」


「治ったら、みつきちは帰っちゃう」


 ひなたが拗ねたような声を出す。美月の腰に腕を回し、しがみついた。


「治らない方がいいかも」


「ダメよ、そんなこと言っちゃ」


 美月が優しく叱る。でも、ひなたの温もりは心地良かった。


「早く治して、また一緒にパトロールしましょう」


「うん……」


 ひなたはそのまま眠ってしまった。寝息と共に、胸が規則正しく上下する。美月は動かないように気をつけながら、ひなたの寝顔を見つめていた。


 普段は元気いっぱいのひなたも、こうして見ると年相応の女の子だ。守ってあげたいという気持ちが、美月の中で強くなっていく。


 夕方、ひなたが目を覚ます。寝ている間に、パジャマがさらに乱れていた。


「あ……寝ちゃってた」


「熱は?」


 美月が額に手を当てる。まだ熱いが、少し下がったようだ。


「少し下がったみたい」


「良かった」


 美月がほっとしたように微笑む。自分のブラウスも汗で湿っているのに気づいた。


「お腹空いた?」


「うん、少し」


「じゃあ、うどん作るわね」


 美月が立ち上がろうとすると、ひなたが袖を掴む。


「みつきち」


「何?」


「ありがとう」


 ひなたの目に涙が浮かんでいた。


「こんなに優しくされたの、久しぶり」


「大げさよ」


「ううん。本当に嬉しい」


 ひなたが美月の手を握る。まだ熱い手のひらが、震えていた。


「みつきちと出会えて、本当に良かった」


 美月の心が温かくなる。


「私もよ」


 美月が身を乗り出し、ひなたの額にそっとキスをした。


「みつきち……」


 ひなたの顔が真っ赤になる。熱のせいではない赤さ。


 その夜、美月はひなたの家に泊まることにした。万が一、熱がぶり返したら大変だから。シャワーを浴びて、ひなたの服を借りた。少し小さめのTシャツとショートパンツ。


「みつきち、一緒に寝よ?」


 ひなたがベッドをポンポンと叩く。


「ダメ。風邪がうつるでしょ」


「えー」


 ひなたが唇を尖らせる。パジャマの胸元から、谷間が覗いていた。


 結局、美月はソファで寝ることになった。でも、夜中に何度も様子を見に行った。その度に、ひなたの寝相の悪さに苦笑する。パジャマははだけ、布団も蹴飛ばしていた。


 美月はその都度、優しくパジャマを直し、布団をかけ直した。


 翌朝、ひなたはすっかり元気になっていた。


「みつきちのおかげ!」


 ひなたが美月に飛びつく。まだパジャマ姿で、胸が美月に押し付けられた。


「良かった」


 美月が安堵の表情を浮かべる。Tシャツとショートパンツ姿で、ひなたを抱きしめ返した。


「でも、今日は大事を取って休んで」


「はーい」


 ひなたが素直に頷く。


「みつきちも、今日は一緒にいてくれる?」


「ええ、もちろん」


 風邪は治ったが、二人の距離はさらに縮まった。病気の時に見せる素顔。それを受け入れ合えることが、本当の信頼関係なのかもしれない。


 この日のことは、二人にとって大切な思い出となった。


 特に、美月がおでこにキスしたことは、ひなたの心に深く刻まれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る