鋼の羽 7







「みっちゃ~ん!ごめ~ん!」

 すごく楽しそうに俺の名前を呼んだ痩せぎすの背の高い男。

 吊り気味の目にさらっさらの猫っ毛の髪。人の良さそうな笑顔を貼り付けて、少しハスキーな声で遠くから大きく手を振りながら駆け寄ってきた。

「おー、レン」

「講義が長引いちった」

「こっちも今来たとこやからアイコやな」

 斉田さいだ蓮。

 昔圭が東京こっちに居た時の友達で、頭は少しばかりイカレてるけれど底抜けの善人でどうしてか放っておけない不思議な奴。

 コイツはいつもは親友の佐々木ささき大和やまとか仲の良い上條かみじょうあきらとつるんでいる事が多い。

「ほれ、これが店の概要な」

「うんうん」

 大学構内のカフェテラスの一角に陣取って、俺はプラスチックで出来た鞄からA4の用紙を何枚か出してテーブルに広げる。

 レンには服のデザインの才能がある。

 才能はあってもそれを生かす術がない。

 だから手を貸す事にした。

「ネットの店はもう限界やから現実でそこそこのデカさの店持つで」

「うんうん」

「レンは今まで通りデザインだけ頼む。その他はいつも通り俺がなんとかしたる」

「うんうん。わかった」

 人が良い笑顔を浮かべるレンにつられて俺も笑ってみせる。


 圭や千春は俺がレンと仲良くするのが意外らしい。

 いやー、あいつらは流石だわ。間違えても騙されてもくれない。長い付き合いだし、あいつらは呆れるほど正しい。大正解の二重丸。レンと仲良くしておけば、恩を売っておけば、圭に有利だと思ったからそうしてるだけだ。

 レンを唯一の存在か何かと勘違いしているように振る舞うヤマトは芸能界では子役出身でそろそろ長いキャリアを持つモデル兼売り出し中の俳優だ。一方、レンの保護者かなにかのように接しているアキラは俺でも名前を聞いた事のある会社のお坊っちゃま。

 彼等に好印象を与えておいて損はない。






「おや充じゃない」

「おー、マコ」

カフェテラスこんなとこに居るだなんて珍しい」

「せやな。コーヒーに金払うならさっさと家帰って仕事に精出すとこやけど、今日は打ち合わせしとったからなぁ」

「打ち合わせ?」

 興味津々顔で席に着いたのは外村とむらまこと

 何となく知り合って、何となく話をしたりするようになった。

 表向きは。

 人懐こい犬のような表情に騙される事なかれ、コイツは徹底的な人間観察を趣味にするようなイイ性格の人間だ。

「ヒロキに連絡つくか?」

「おじさんに何か用?」

「店の内装とロゴのデザイン頼みたいんやけどな」

「仕事の依頼でしたか。そりゃまいどあり」

 ヒロキっていうのはマコの兄だ。

 若くして芸術家として成功している稀有な存在で、圭の数少ない友達の一人だ。圭の交友関係を知って、俺はマコに近づいて親しくなった。

 万が一にも圭に親愛以上の好意を持って近づく相手を排除する為に。

「最近見ないけど幸村は元気?」

「相変わらずやな」

「相変わらず、一緒に居る?」

 にやりと笑って言う。

 マコはヒロキに、ヒロキはマコに依存して生きている。

 考えてみればレンとヤマトもそうだろう。俺の周りでもぽっと思い浮かぶのが二組もいればマコだって俺と圭もそうだろうって思っても不思議はないな。

「だから男に恋愛感情持ったりせぇへんて」

「幸村と充だと確かにちょっと想像がつかないっちゃーつかないけど」

「そらそうやろ」

 人の悪いニマッとした笑みを貼り付けて、マコの奴は俺を覗き込むみたいにして上目遣いで見つめてきた。


「世の中、性欲を伴わない恋愛感情が無いわけではない」


 一瞬、真顔に戻ってしまった。

 それからわかりやすい作り笑顔を浮かべてやる。

 とびきりのフェイクスマイルを。

 無理矢理笑いましたって風の笑顔を貼り付けて、俺の真意なんて分からないように何重にも偽装してやる。

「せやな」

「おや、否定しない?」

「そういうのもあるやろな」

 例えば、圭を押し倒してみたとして。やろうと思えば出来なくはないな、と思う。逆に求められればケツを差し出すのにも抵抗は無い。

 眠っている圭にキスをしてみた事がない訳じゃない。

 だからイケる事はわかっている。

「なんだ、残念」

「なんや」

「そうだったら新しいゲームのシナリオのネタにしようと思ったのに」

「鬼か!」

「次のイベントでBLゲーム出してみようかと思って。そしたらリアルな人に話聞いときたいじゃない?」

 本当に無茶苦茶な奴だ。

 全く油断ならない人物だから困る。

 圭の敵に回らないように巧く立ち回っておかなくては。



 本当に残念だ。

 俺は圭とどうこうなりたい訳じゃない。

 セックスしたいとは思わない。

 いや、望まれれば出来なくはないけれど。

 マコは本当にイイトコを突いてはいた。

 だけど、ハズレ。

 大ハズレ。


 俺は〝弟〟が良いんだ。


 弟なら永遠に別れは来ない。

 弟なら隣に当たり前に立ち続けられる。

 弟なら圭の特別な存在で居られる。


 圭に寄ってくる恋人候補を逸速く追い払える。


 圭に必要なモノを誰よりも先に与えてやれる。

 望むモノを、与えてやれる。

 傷付ける全てのモノを傷を付けさせる前に排除してやれる。


 それでも傷付いたなら、俺が癒してやる。


 その為ならなんでもするよ、俺は。




「すまんな、俺じゃ役に立てへんわ」

 笑ってやる。

 マコは全くの役立たずだと嘯いて席を立った。

 その猫背を見送って、テーブルの上を軽く片付けて席を立つ。

「さて、今夜は何にするか」

 冷蔵庫の中身を思い出しながらカフェテラスを後にした。






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