第6話 奪われた者たち

 咆哮だった。


 音ではない。衝撃そのものが空間を貫き、全員の鼓膜に激痛を走らせる。

 姿を現したそれは、明らかに“自然”の一部ではなかった。


 体長およそ20メートル。全身を黒緑色の鱗に覆い、両足で立ち、蛇のような首に巨大な顎。背中には骨のような突起がいくつも隆起し、尾は鉄柱のごとく太く長い。


 肉食恐竜──だが、どこか“現実離れした異質さ”があった。


 「……ティラノ、サウルス……?」


 修也の脳裏に浮かんだ名は、かつて教科書で見た“絶滅種”のそれだった。

 だが、この存在は違う。もっと禍々しく、もっと異端だった。

 瘴気のような黒い靄をまとい、周囲の魔力や熱を吸収しながら“進化”しているかのようにすら見えた。



 「全隊退避ッ! 状況が変わった、繰り返す、状況が──ッ!!」


 無線が爆音にかき消される。

 恐竜の尾が振るわれた瞬間、地下の岩盤が横薙ぎにえぐられ、数名の兵士が吹き飛んだ。


 悲鳴。地響き。魔法の盾が破られる音。


 「撤退は不可能だッ! ここで食い止めろ!」


 地下側の魔導兵が詠唱を連続で唱え、雷と氷の槍が空間を切り裂く。

 しかし、恐竜は怯まない。

 魔法による攻撃を浴びながらも、皮膚は硬質化し、攻撃を吸収するように“変質”していた。


 「適応進化……これ、“ただの生物”じゃない……!」



 修也は見た。

 魔導兵の一人が魔法障壁を展開するも、それを破壊され、一瞬で捕食された光景を。


 地上の兵士が逃げ遅れ、絶命した仲間を背負って泣き叫ぶ姿を。

 ──そして、自分の隊からも数名が“連れ去られた”ことを。


 「待てッ! そいつらを……!」


 追いかけようとした修也の肩を、誰かが押さえた。


 「無理だ、今は撤退が最優先だ!」


 それは自衛隊の副指揮官、芹少尉だった。

 血のついたヘルメットをかぶり、表情は恐怖と怒りに歪んでいる。


 「……お前、見ただろ? 今のが何か分かるか?」


 「分からない。だが……あれは“災厄”だ。俺たちのどちらにも属さない。俺たちも、地下の連中も、まとめて喰われる」


 修也は呻くように言った。



 戦場に、炎と崩落の音が響き渡る。


 地上部隊は深部からの撤退を開始。

 地下側の魔導兵たちは神殿側に向けて負傷者を運びながら後退。

 だが、失われた命と捕らえられた者たちは、もう戻ってこない。


 その中には、修也の部下であり、翻訳AIの主任開発者である瀬川理帆の姿もあった。


 「……理帆……」


 最後に彼女が修也に見せたのは、不安と混乱に満ちた表情。

 恐らく、今も“あの怪物”に連れ去られた先で、生きている。


 ──あるいは、生きてはいない。



 同時刻、地上では報道統制が破られつつあった。

 未確認の生命体との接触、交戦。

 SNSや海外の報道で拡散され、**「日本が未知の異世界に繋がった」**という噂が広がり始めていた。


 そして、国外でもその情報は“利用可能な素材”として注目されていた。


 「……開いた、んだな。地下の門が」


 モスクワの地下司令部。

 中国の情報部本部。

 アメリカ西海岸のNSA施設。


 各国の監視衛星が、富士山麓の異常地帯を解析し始めていた。


 そして、密かに非公開の特殊部隊やPMCが、日本への渡航準備を始めていた。

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