第2話 空洞へ
「……気圧、正常範囲内。酸素濃度、変動あり。重力……低下?」
耳を疑った。
富士山の地下、深度3,800メートル。修也たち調査隊が降下した先は、地質学の常識から完全に逸脱した空間だった。
作業用のエレベーターではなく、特殊地底進入用モノレールカプセルが運用されていた。自衛隊の警護班に囲まれながら、修也は自らが見ている現実が徐々に信じ難いものに変わっていくのを感じていた。
「空間、開けます」
通信士の言葉と同時に、カプセルのハッチが開く。
──目の前には、空が広がっていた。
地底なのに、空。
いや、正確には“空のように感じる天井”だった。
巨大なドーム状の地下空間。推定直径1.5キロ、高さ600メートル。天井部分には何千本もの発光体がぶら下がり、昼のような明るさを演出している。だが、それは人工照明ではなかった。構成物質は未解析、温度は常温、そして何より“魔力反応”を帯びていた。
「こいつは……自然現象じゃねぇ。造られてる」
自衛官の誰かが、ぽつりと呟いた。
その言葉がすべてを物語っていた。
⸻
足を踏み入れた瞬間、奇妙な“浮遊感”が全身を襲った。
靴が岩に接地しているのに、感覚がふわふわと浮かび上がる。体重が約20%軽減されたような感覚。修也は思わず足元を確かめた。
「重力場が歪んでいる。……この空間、内部から干渉されてる」
彼の手にある多機能デバイスには、連続的に変動する重力波が表示されていた。
その波形は、まるで心臓の鼓動のようだった。
「“何か”が……生きてる?」
科学者としての知識では処理しきれない感覚。
けれど、直感的には理解できてしまう。これは“空間”ではなく、“存在”なのだ。
⸻
やがて、前方に奇妙な構造物が現れる。
石造りの祭壇のような基台。
その中心には、球状の浮遊物体がゆっくりと回転していた。直径約1メートル、半透明の宝珠状の物体。中には複雑な幾何模様が幾重にも重なり合っている。
「検知反応あり。魔力濃度、上昇中。……修也主任、これは?」
「……恐らく、これは“魔導核”だ」
その言葉を聞いた隊員たちは、一瞬きょとんとした顔を見せた。
「いや、比喩じゃなく……これは文字通り“エネルギーの核”だ。……魔法的な構造を持つ人工物。僕らが“想像の中でしか存在しなかったもの”が、いま目の前にある」
修也は、自らの指先が震えていることに気づいた。
恐怖ではない。純粋な興奮と覚醒だった。
科学者としての人生のすべてが、この瞬間のためにあったように思えた。
⸻
だが、その時だった。
魔導核が一瞬、脈動するように光を放った。
まるで「お前を知っている」とでも言いたげに──修也の胸元に向けて、一直線に魔力の糸が走った。
「──ッ!?」
その刹那、視界が反転する。世界が崩れる。
耳鳴りと共に、誰かの“声”が直接脳内に流れ込んできた。
「問いかけます。あなたは、語る者ですか?」
誰だ? これは……誰の記憶だ? 誰の意識だ?
気づけば修也の意識は、暗い深淵へと沈んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます