第5話 意識と記憶「兄姉」


 荒れ果てた大地に、一台の軍用車が身を潜めていた。


 その車両は、外装こそ重装甲に守られていたが、中はまるで簡易な作戦司令室のようだった。

 運転席の代わりに並ぶ電子モニター。

 中央には円形の作戦卓と数脚の椅子。


 そこには、鏡花きょうかの兄姉たちが集まっていた。


 金髪の少女が地図の上に手を置き、不安げに呟く。


「……索敵に出た四人、遅いわね」


 その言葉にモニター脇の椅子に腰かけている、黒髪の少年が静かに応じた。


「うん。そろそろ戻ってきてもいい頃合いのはずなんだけど……」


 深く椅子に沈んでいた、銀髪の少年が天井を見上げたままぼやく。


「この電磁領域でんじりょういき? だが、なんだか知らねぇけど、索敵も通信も遮断されるとかマジ勘弁してほしいよな」


 その言葉に、黒髪の少年が反応する。


「ここは各国の軍隊が入り乱れているからね。

 互いが相手の通信網を潰すため、躍起やっきになっているみたい」


 そのとき、車内のスピーカーから別の少年の声が流れた。

 モニター越しに映っていた、褐色の肌に落ち着いた土色の瞳をもつ少年——ソイルの声だ。


「たしかに不便だな。索敵も通信も不能ではこちらも手詰まりだな……各国が躍起やっきになるのも理解はできるが」


 ソイルはこの場にはいなかった。

 彼の能力は、物理的な境界さえ超えて干渉できる特殊なものだったため、今も研究所の中に隔離されていた。


 誰も話さないことで重くなった空間。

 この場にいる全員が、帰ってこない家族のことを考えていた。

 そんな中、澄んだ女性の声がスピーカーから響く。


『ご報告です。エリスちゃんが能力測定で、Aランクの“最年少記録”を更新しました』


 人工的とは思えないほど透き通るような声。

 その声ではなく言葉に、少年少女たちの間に静かな衝撃が走った。


「うおーまじか!!すげぇ!」

「お祝いにお土産でも買っていく?」

「お土産屋なんてこんな殺伐とした場所のどこにあんだよ……」


 青髪の少年が軽口を叩くと、銀髪の少年がふと何かに気づく。


「……あれ? 通信が使えないのに、なんでアイはその情報を知ってんだ?」


 金髪の少女が、眉をひそめて呆れたように返す。


「……はぁ?あんたってほんとバカね、やっぱ」


「んだとビナ、やんのかコラ」


 わざとらしくため息をつく金髪の少女——ビナスに、銀髪の少年が詰め寄る。


 黒髪の少年が、ふたりの応酬を止めるように言葉を挟んだ。


「レックス、アイは研究所に設けられたAI専用の回線を使っている。

 それは、この電磁領域でんじりょういきでも遮断しゃだんできないんだ」


 銀髪の少年——レックスが、黒髪の少年に目を向けて感心したように声を上げる。


「ほえ〜、やっぱリクはなんでも知ってんな!」


 その素直な感嘆に、黒髪の少年——エスルームの指揮官であるリクは、微かに照れた笑みを浮かべた。

 そして、大事な補足を更に加えるために続けた。


「だから、ソイルとこうやって会話できてるのも、ソイルがアイの側にいてその恩恵を受けてるから——今、通信ができているんだ」


「……!? そういえば、ソイルってここにいねぇじゃねぇか!」


 ようやく今の会話構造に、気づいたレックスが謎が解けたかのように叫ぶ。


 後ろにいた青髪の少年も手に持ったお菓子を、止めたまま口を開けて固まり、目をまん丸にしていた。


 その光景を見た、ビナが頭を抱えて深いため息をついてから呟く。


「カイとレックスって……やっぱ、バカコンビね」


「「コンビじゃねぇ!!」」


 青髪の少年——カイ・メレフと、レックスはまるで息を合わせるように叫んだ。


「バカは否定しないんだ……」


 その光景に、リクは空笑いをしていた。


 やがて、二人の標的は互いに移り、ガルルと威嚇しあい始める。

 そんな様子を横目に、ビナはモニターのソイルに視線を向けた。


「最年少記録更新って……ソイル、あんたの不動もとうとう終わりを告げたわね」


 ふふふっと、挑発めいた笑みを浮かべる。


「ビナ、実はその記録を持っていたのは俺じゃないんだ」


「えっ……?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべていたビナに、リクが静かに真相を告げる。


「それを持っていたのは、レックスだよ」


「え……これが?」


 ビナは信じられないと言った表情を浮かべて、レックスへ親指を向ける。


 当の本人は、あっさりとした口調で返す。


「あぁ、そうだよ。九歳の頃、コイツに負けたくねぇって気持ちで死ぬほど能力使いまくってたからな」


 そう言って、今度はレックスが親指でカイを指す。

 その指に噛みつこうとするカイの額を、レックスが押さえて止める。


「たしかに……あんたら昔、王がどうとか、天より海が強いとか……わけわかんないこと言い合ってたよね」


 その言葉が発端となり、ふたりの揉み合いはさらに激化する。


「海のが、つえぇええ!」

「天こそ、最強だろうがぁ!」


 言い合いを始めた二人をみて、ソイルが軽くツッコミをいれる。


「今もだな……」


 ビナは、二人を放置するように視線をそらし、リクの方へ向き直った。


「でも、ほんとにエリスすごいね。ソイルにいずれ並び立つ日も、近いんじゃない?」


「うん。その可能性は充分にあるね、あの子の能力なら」


 その言葉を聞いたソイルが、興味本位でリクに問いかけた。


「リク。エリスの能力って……実際には、なんなんだ?」


「それは──」


 ──その瞬間、世界が爆ぜる。


 爆音か、地鳴りか、それとも何か別のものか。

 最初に崩れたのは感覚だった。

 音は、遅れてやってくる。


 視界が歪み、モニターが原型を留めずに焼きつく。

 鼓膜を引き裂くような圧。


 そんな惨状のなか、ひとりの金髪の少女が瓦礫を蹴って駆けてくる。

 彼女は、無傷だった。

 けれど、その目元は、涙を堪えるように強く歪んでいた。

 焦燥と恐怖を塗り込めた表情を浮かべ、ただ真っすぐに走ってくる。


 近くまで来た、彼女の口が動いている。

 けれど、何も聞こえない。


 震えるその瞳には、こらえた痛みが刻まれていた。


 ──そんなに悲しまないで、ビナ。


 大丈夫だよ。

 ソイルと僕がいれば……これを“記憶”として、乗り越えられるから。


 

 そして、意識という名の世界は——

 静かに、静かに……暗転した。

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