第3話 天才と凡才「特異能力」

 記憶の箱庭——。


 そこは、ナンバーズの記憶を再生し、戦いを学ぶための場所。

 思い出と痛み、感情とデータ。

 そのすべてが、ここに保存されている。


 鏡花きょうかは無言のまま奥へ進む。

 まるで“定められた動作”のように何の迷いもなく。

 腕に装着された黒いリングを中央にある認証装置にかざす。


『E-qual-S03-1——認証完了、空間を封鎖します。』


 機械音声が響いた直後、背後の重厚な扉が音を立てて閉じる。

 完全に封鎖された空間の中で——カチリ。

 鏡花の左腕からリングが外れた。


 その瞬間、解き放たれたように空気が震える。


 鏡花は足を、トンっと地面に落とす。


 瞬間、彼女の足元から赤と金の炎が静かに立ち上がった。

 赤と金が溶け合うような光が、少女の身体を包み込むようにゆっくりと渦を描いて広がっていく。


 ナンバーズは研究所で創られた兵器、一人一人が個性にあった特異能力を持っている。


 彼女の身体は、熱では焼けない——そう設計されていた。


 鏡花は冷静に合図を送る。


「始めて」


 静かな、けれど確かな声だった。

 その言葉で、記憶の箱庭が稼働を始める。


 鏡花を中心に景色が真っ白に変わっていく。

 そして、空中に様々なモニターが現れる。

 彼女は、それを器用に操って一つの項目に指を止めた。


 モニターには【演算能力測定】と書かれていた。


 この項目は、ナンバーズ個人が持つ全員の演算力をAIを使って数値化して評価している。


「ランキング上位者は……」


 鏡花がランキングを確認すると、十位以内にはSの番号がずらりと並んでいた。


《E-qual-S06ー評価SSS》


「一位は、不動のソイル兄さんか。正直、あの能力はやばすぎるもんね……」


《E-qual-S02ー評価S+》


「ビナ姉の能力がSプラスって、本当はポンコツなのかな、このAI」


 その言葉に応えるように、すかさず電子音声が返ってくる。


『私はポンコツではありません。

 それは設計者が定義した設計に問題があるだけです。

 よって、疑義ぎぎていするなら、設計思想そのものを否定していただく必要があります』


「設計者って誰なの?」


『研究所のメインAI、および、S03-αです。

 ご希望であれば、“ポンコツ設計者”の件としてあなたの名義で報告を上げましょうか?』


「S03-αって、リク兄?」


『そうです。あなたが所属する“エスルーム”の指揮官です、それでは送りますね。』


「ま、まった! リク兄をポンコツ呼ばわりとか絶対まずい! 撤回、今の発言ぜんぶ撤回!」


『かしこまりました! “私はポンコツAIではない”という認識で、よろしいですね?』


 鏡花はぷいとそっぽを向いて、ふてくされた声で言う。


「リク兄とアイが、ポンコツじゃないの」


 音声はそれに応えない。

 話をそらすように次の名前が画面に表示された。


《E-qual-S03-βー評価S+》


 画面に映るその名前に、鏡花の視線が止まった。


 セリアお姉ちゃん。


 手が届かない。

 けれど、いつか追いつきたい。


 私も、そこへ行くんだ。


 鏡花の、胸の奥に、冷たい石のような焦りが落ちる。

 ほんの少し、目元がかげった。


 ——でも、私は……


 言葉にならない思いを押し殺すように、モニターを閉じる。

 そして、測定の開始項目に迷いなく進んだ。


『これより、E-qual-S03-1【出力測定試験】を開始します』


 真っ白な世界が一瞬で砂漠地帯へと変化した。

 荒涼とした空気が流れ、風に巻かれた砂が地面を這う。


『目標:出現から十秒以内に対象の破壊』


 この測定試験は半年に一度だけ受けれる試験。

 だから……今までやってきたことを全て出し切るんだ


 鏡花は、息を静かに吐き出す。


「測定開始」


 その声と同時に、空間に三つのホログラムターゲットが出現する。

 近距離・中距離・そして最奥に配置された遠距離ターゲット。


 鏡花は即座に走り出した。

 駆ける途中、掌から赤金の炎が噴き上がる。


 渦を巻きながら凝縮された炎は、拳ほどの球体へと変化した。


 狙いを定め、最も遠くのターゲットへと撃ち出す。


 炸裂音とともに生まれた反動が、鏡花の身体を後方へ吹き飛ばす。

 だが、空中で態勢を崩すことなく、手のひらに円形の炎を素早く形成。

 回転の力を帯びたそれを、腕を振り切るようにして放った。


 弧を描いた火輪が空を裂き、二つのホログラムを同時に貫いていく。


 砂埃の中、鏡花は受け身をとって着地。

 すぐさま辺りを見渡すと、新たなターゲットが物陰から現れる。

 今度は動いている人型の兵士ホログラムだ。


 鏡花は手を下から振り上げた。

 次の瞬間、兵士ホログラムの足元から火柱が噴き上がり、標的を包み込むように焼き尽くす。


 燃えながら倒れこむそれらは、人間のように悶えるような動きを見せた。


 だが、鏡花の視線に一切の揺らぎはない。


 彼女が“兵器”と呼ばれる理由の一端がそこにはあった。


 燃やしても燃やしても現れるホログラムに心のなかで悪態をつく。


 (数が多すぎる……!)


 次の瞬間、肩に鈍い衝撃が走る。

 顔を歪め、反射的に攻撃方向を目で追った。


 サポートAIによる拡張視界モードが作動。

 ズームされた先、およそ1キロ先の砂丘の陰  


 ——スナイパーライフルを構えた兵士型ホログラムがいた。


 (この特殊服すら傷付ける高威力のサイレントスナイパー……?)


 すでに次弾を装填している。

 鏡花は即座に、自身の周囲に炎の円柱を立ち上げた。


 (そんな最新兵器が出てくるなんて聞いてないっ)


 音もなく放たれた弾丸が飛ぶ。


 だが、炎の壁に触れた瞬間、鉛の弾は途中で霧散むさんし、貫通することはできなかった。


 (でも……戦場なんて知らないことだらけか)


 鏡花は円柱にそっと手を添え、それを前方へと押し出す。


 (甘えちゃ、だめだ!)


 解き放たれた炎の波が、爆風をともなって砂漠を駆け抜ける。

 その直撃を受けたホログラムたちは、もがくこともなく一瞬で崩れ落ちていった。


 だが——次々と現れる兵士型ホログラムたち。

 そのすべてが最新武器を装備していた。

 

「あぁ、本当にこの試験は鬼畜だよ……」


 鏡花は笑う、自分を鼓舞するように。


 的を絞らせないため、彼女は自身の身体を爆発させて推進力を得る。


 高速移動しながら、指先にまとった火の球を次々と放っていく。

 だが——それは大きく外れた。


 (外した……!軌道修正しないと)


 爆炎をまとって地面に着地する。


 今度はその場に留まり火球を放つが、狙いはまたも外れた。

 ホログラム兵たちが、鏡花の動きを読みはじめている。

 しかもその間にも、数はどんどん増えて彼女に接近していた。


 (このままじゃ……押し切られる)


 兵士ホログラムの振り下ろしたブレードを、鏡花は砂を蹴って跳び避けた。

 軽やかに体を捻り、アクロバットのように攻撃をかわす。


 そして反射的に、炎を螺旋らせんにして身を包み、雨のように迫る攻撃の中を強引に抜けた。


「数で来るなら……範囲で焼く!」


 身を包む炎が、尾を引きながら螺旋状らせんじょうに広がる。

 近くにいたホログラムたちは、無惨にも焼き尽くされた。


「やっ……」


 一瞬、喜びに気が緩んだそのとき——

 鏡花の足元に、何かが転がってくる。


 (爆散弾……?)


 反射的に身を捻り、足の裏で起こした爆風を利用して別方向へ飛ぶ。

 だが、無理な体勢での人体が耐えれうる度をこえた推進力によって、鏡花は軸足を捻る。


「……っ!」


 痛みで、口から息が漏れる。


 直撃は避けられたが、機動力は奪われた。


 鏡花は、兵士ホログラムを残滅する速度が段々下がっていく。


 (……こんなはずじゃなかった)


 呼吸は浅く、身体も思考も限界に近い。

 けれど、諦めるわけにはいかなかった。


 (だって私は……“白”なんだ)


 鏡花は歯を食いしばり、地を蹴る。

 炎を収束させ、視界の奥にあるホログラムを撃ち抜いた。


 ——炎の残光が消えるのと機械音声が重なる。


『目標過程終了。出力測定、完了』


 同時に、空中にホログラムモニターが立ち上がる。


 足元の砂が消え、景色が白に戻る。

 残ったのは静寂と痛み、そして荒くなった呼吸音。


 目指す背中には、まだ届かないかもしれない。

 けれど、少しでも近づけたなら——。


 鏡花の指先がわずかに震えていた。

 それが戦闘の余韻なのか、それとも結果への不安なのか彼女自身にも分からなかった。


 モニターに淡い光とともに測定結果が浮かび上がっていく。


【能力評価ログ:E-qual-S03-1 】

被験者名:水月 鏡花(年齢:12)

所属:エスルーム


[最大演算出力] 74/100 → A

[平均出力安定値] 47/100 → C+

[発火速度(初動)] 平均4.67秒 → D

[目標完攻率] 40.3% → D

[照準精度] ±4.0m → E

[演算制御効率] 46/100 → C


──【総合評価:C(42点)】──


 鏡花は、消えた傷のあった肩へそっと手を伸ばす。

 鈍く残る感覚を握るように、指先に力がこもった。


 ……沈黙。


 モニターに映るのは、ただ冷たく静かな現実だった。

 鏡花は思わず俯く。


 (Aに届いているとは思ってなかった……でもBには……)


 画面に表示された数字は「42」。

 ただの数値なはずなのに、それだけで心臓を締め付けられるような痛みが走る。


 (評価が落ちてる……うそでしょ)


 評価基準を作ったのは、リクとアイ。

 だからこそ、それは否応なく突き付けられた“現実”だった。


 次の瞬間、画面にモニターに新たな項目が表示される。


【新規項目:New Record】

能力評価試験において最年少Aランク記録、樹立。


 鏡花は、反射的にその項目に触れた。

 そして、映し出された記憶に思わず息を呑む。


【能力評価ログ:E-qual-A136199】

被験体:エリス(6歳)

総合評価:A+(83点)所属:エスルーム

訓練記録:最大出力S/平均出力B+/発動速度S/目標完攻率C/照準精度 S/演算効率A/出力評価:安定型特異能力


 彼女は、その記録から視線を離すことができなかった。


 さっきまで、手をつないでいた少女。


 ——私は、お姉ちゃんのはずなのに。


 さっきまで、一緒にカレーを食べて笑っていた妹。


 ——私の方が、長く“兵器”としてここにいるのに。


 胸の奥に鋭い棘のようなものが静かに刺さる。


 ——私は、出来損ないなんだ……。


 涙は出なかった。

 それなのに視界が滲んで、胸の内側が焼け焦げるように痛んでいた。

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