第2話 白と黒「ナンバーズ」


 食事を終えたあと、鏡花きょうかとエリスは白の特殊服へと着替えていた。


 柔らかな時間は幕を閉じ、ふたりの表情にもどこか緊張がにじんでいる。


 手をつないだまま、無言で部屋の扉へと向かう。

 二人の手首には、黒く細いリング型の装置がはめられていた。


 入り口へ立つと、部屋の中にある白い扉が音もなく開く。

 鏡花とエリスは手をつないで、その先の廊下へと足を踏み出した。


 白く照らされた廊下を、鏡花とエリスは静かに歩いていく。

 まるで何もかもが無菌で、時間すら凍ってしまいそうな白の世界。


「エリス、そくてい、嫌い」


 鏡花は、不満を漏らすエリスを横目にみる。


 まだ、エリスは六歳だもんね……


 鏡花たちは今、特異能力の測定をするためにある場所へと向かっていた。


「うん、痛いし怖いし、嫌だよね」


「んーん。兵士さんが、いたそうだから」


 その言葉に、鏡花は自然とエリスと繋いでる手に少しだけ、力が入る。


 彼女は、自分にはくなった"感性"にどう答えればいいか、悩んでいた。


 "あれは、バーチャルで本物じゃないよ"──いや、実際の記憶から生み出されている、本物みたいなものだしな……。


 何て返すか、悩んでいた鏡花にエリスは、言葉を重ねる。


「でも、ソルちゃんが私たちはへいきだから、仕方ないって言ってた」


「ソルちゃん……?」


「えーあいの、ソルちゃん!」


「エリス、AIに名前つけたの……?」


 彼女たちナンバーズは、ひとりひとりにAIがサポートとしてつけられている。


「うん!! アイと一緒!」


「……」


 鏡花は、瞳を輝かせているエリスに「アイは特別なAIで、とは違うよ」なんて言葉をかけることは、できずにいた。


 やがて正面に、黒く縁取られた一枚の扉が現れる。


 鏡花が手をかざすと、扉が音もなく左右に開いた。


 その瞬間、空気が変わる。


 眩しさのない光と重低音のうなりが、押し寄せる。

 扉の先に広がっていたのは、巨大な施設の中枢区画。

 巨大な鋼鉄の柱、無数の配線。

 そこには、先程の空間とは別の世界が広がっていた。


 近くにある操作装置のパネルの前に立つ。

 慣れた手つきで目的地を入力すると、足元の床が静かに移動を始める。


 ──ここからが、“現実”だ。


 道中、床は途中の区画で停止する。

 そこには、黒い特殊服を着た複数人の子供たちが待っていた。


 彼らは、明らかに鏡花よりも年上だった。

 だが、彼女と同じ移動床に乗ることを、一瞬ためらう。


「おい、白服って……エスルーム……?」

「マジかよ……初めて見た」

「それに、この年齢で……?」


 畏怖いふ、尊敬、憧れ。

 そんな混ざり合った視線が注がれる中、鏡花はおそるおそる声をかけた。


「あの……乗らないんですか?」


「あ、ああ……ごめんなさい。乗らせていただきます」


 エリスの手を引いて隅へ移動するが、黒服の集団はスペースを大袈裟に空けていた。


 鏡花たち被験者は“ナンバーズ”と呼ばれていて、その総数は、百万人を超える。


 鏡花は一瞬、黒服たちに視線を送った。


 ナンバーズはふたつの制服の色で分類されている――彼女たちの“白”そして彼らの“黒”。


 視線を受けた一人がぴくりと肩を震わせたのをみて、鏡花はすぐに視線を戻した。

 その目元には、どこか申し訳なさそうな影が滲んでいた。


 この白服を許されるのはその中でもごくわずか――二十人にも満たない。


 移動床が止まり目的地へと着く。

 だが、誰も動こうとしない。


「どうぞ、お先に行ってください」


 鏡花は小さく頭を下げる。

 黒服の人たちが全員降りたあと、鏡花も動き出す。


 その白服のほとんどが、さっきまで鏡花がいた部屋、“エスルーム”にいるメンバーだ。


 黒服たちの背中に視線を向けながら、エリスを連れて施設の奥へと進む。


 だから、みんな白服に畏怖いふと敬意を抱く。

 白服を着ていればただ“そこに立っている”だけで、尊敬される。


 やがて、エリスをある部屋まで送り届け、鏡花は笑顔で手を振って見送った。


「鏡花ちゃん!またね」


「うん、またね」


 エリスの背が扉の向こうへ消えると、鏡花は小さく目を伏せる。

 唇を噛んで、感情をこらえた。


 すごいのはお兄ちゃんたちやエリスなのに……。


 その胸ににじんでくるみじめさに立ち止まりたくなるが、彼女は前を向く。

 兵器として生まれた自分が足を止めることなど、許されないと解っているから。


 足元のスキャナが彼女を認識し、重厚な扉がゆっくりと開いた。


 鏡花は、深く息を吸う。

 そして扉の奥へと足を踏み入れた。


 “記憶の箱庭”へと――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る