最弱の平民、魔王の支配魔術を『反射』してしまう
いんだよう
第1話 刻印式
「ふっ」
金髪をうしろにむすんだ少女がふみこみ、くすんだ茶髪の少年にむかって木剣を斬りあげる。
その剣先を、少年はみずからの木剣を蛇のようにおどらせてはじいた。
強くにぎっていたはずの木剣が少女の手からすり抜け、無防備となった少女に少年の木剣がふりおろされる。
少年の木剣は少女の頭の手前でとまった。
目をとじた少女の頭に、こん、と軽い打撃があてられた。
「あいた」
「また俺の勝ちだな、ラフィ」
木剣を肩にかついで少年が笑う。
対する少女は頭をさすり、なにかをこらえるように肩をふるわせながら、落とした木剣をひろって姿勢をただし、木剣を胸の前にかかげたあと礼をした。
思いだしたように少年もそれにならった。
ヴァルトレヴィア聖王国。
王都ヴェルマイアの聖騎士学校。
その学生寮の中庭で、朝早くからふたりは木剣を打ちあっていた。
「うぎゃああああ」
唐突にさけんだのは少女だった。
そのまま木剣をほうり投げ、芝生の上に寝転んで手足をじたばたさせた。
「負けた負けた負けた負けたああああ」
泣き声、あるいは、鳴き声のようだった。
幼児より幼稚だ、と少年は思った。
凛とした雰囲気が台無しだった。
「今日こそセオに勝てると思ったのにぃいい」
「そうかんたんに負けてたまるか。侯爵令嬢のおまえとちがってこちとらただの田舎者だからな。ハスウィン村のセオだぞ。家名もない。特待生を維持しなきゃこの学校にいられない。覚悟がちがうんだよ、覚悟が」
「覚悟なら私にだってある。わがアルデブラント家は平民から貴族になり、お父さまの代で侯爵にまで成りあがった。今やアルデブラント辺境伯領は王国に匹敵する軍事力を有するが、私はその上をいきたい」
「つってもしょせんお貴族さまだろ。ほどほど強けりゃ不自由ない生活を送れる。おまえらみたいなあまちゃんに負ける俺じゃないんだよ、セラフィーヌ・ド・アルデブラント嬢」
本名をよばれたラフィはセオをねめつける。
「なんだ、嫌味か」
「嫌味ですがなにか」
「がるるるる」
威嚇するラフィに、こつん、と木剣をあてる。
「あう」
「俺にとっちゃこの学校の頂点なんて通過点にすぎないしな。子どもんときからずっと、ほしいものはひとつだけ」
セオは晴れやかな青空を見あげる。
「聖騎士の頂点、王国最強の称号」
青空に手をのばし、こぶしをにぎりしめる。
「俺は絶対、剣聖になる」
「剣聖になるのは私だがな」
「俺だ」
「私だ」
ふたりの視線が正面衝突する。
ラフィは遠くの大聖堂のほうに視線を移す。
「それもこれも、明日の刻印式しだいだな」
セオも黙って大聖堂を見つめ、無意識に木剣をにぎりしめる。
その横顔をラフィは盗み見る。
「不安か」
「……まあ」
セオの視線が足もとに落ちる。
「刻印式はふつう貴族がうけるものだろ。平民でも神の加護もらえんのかなって」
「安心しろ。聖騎士学校に入れるほどの聖法力がある者ならだれだって御加護をたまわれる。貴族も平民も関係ない」
そういわれてもセオは自分の影を見つめたまま動けない。
「セオ、しっかりしろ。おまえがそんなんだと私が困るだろ。だいじょうぶだ。私はおまえの努力を知っている。その努力に神はかならず報いてくれるさ」
ラフィが立ちあがってセオの肩に手をのせる。
セオはあわく微笑する。
「……ありがとな。けど、そしたらもっと差ひらくけど、いいのか」
ラフィは怒りの笑みを見せた。
「安心しろ。私のほうが加護を使いこなしてぼこぼこにぶちのめしてやる。高等部でもいちばんでいられると思うなよ」
翌朝、大聖堂には学生たちが集まっていた。
ほかの聖騎士学校からもきており、学校ごとに指定された位置にすわるから、同じ制服のかたまりがきれいにまとまって分かれている。
セオもヴェルマイア聖騎士学校の場所にすわっていたのだが、
「おい田舎者」
うしろから声がした。
きこえないふりをする。
「おい、無視するな」
セオは周囲を見まわす。
「貴様のことだぞ、セオ・ハスウィン」
名前をよばれてしまったのでしかたなくふりむいてやる。
声の主は予期したとおりの顔をしていた。
腕組みをしてこちらをねめつける同級生の男子だった。
「なに、アル」
「略するな。貴様ごときが私の名前を略せる身分だと思うなよ。私はアルリック・ド・ソーンヴェイル公爵令息だぞ」
「で、なに、アルちゃん」
「だれがアルちゃんだ」
ふん、とアルが鼻を鳴らす。
「なぜ貴様がここにいるのだ」
「そっちはなんでここにいんの」
「刻印式をうけるからに決まっているだろう」
「以下同文」
「私の言葉を引用するな、平民が」
「ツッコミご苦労さまです」
「したくてしてるんじゃないっ」
舌打ちされる。
「平民ごときにこの場はふさわしくない。式がはじまる前にさっさと立ち去るがいい」
「負けおしみは見苦しいな」
セオのとなりからラフィがいった。
アルがそちらをねめつける。
「あ?」
「ソーンヴェイル、貴殿はいちどでもセオに勝てたことがあるか」
アルは言葉をつまらせる。
ラフィは目をあわせずにつづける。
「他者の強さを認められない者に、神は成長の道をくださらない。嫉妬の心は否定されるものではない。それは自己研鑽の原動力となる。が、嫉妬に心をのまれてはならない。聖騎士が他者に礼儀を尽くすのは、おのが心を悪魔のものとしないためだ」
ラフィは横目でアルを見やる。
「どうやら貴殿の親は、貴殿に正しき騎士道の心を教えてくれなんだと見える」
「……傭兵あがりの下賤な血がえらそうに」
「時の経過はナマモノを腐らせる。貴族もそれと同じらしい。古き血は腐りゆく。そうならぬよう私も気をつけるとしよう」
「貴様……ひっ」
ラフィが眼力をするどくし、アルの怒りを短い悲鳴に変えた。
「ふ、ふん。口だけのお飾りが」
ごにょごにょとなにかをいってアルは逃げるように背もたれに体重をあずけた。
セオは真横に目をやる。
「ラフィ、剣聖は人望もいるからそういうとこ直さなきゃなれんぞ」
「実力でだまらせる」
セオは苦笑をこぼす。
「それより私にとっていちばんの障害は」
ラフィが顔ごと真横をむく。
「セオ、おまえだ。おまえに勝てなければ剣聖にはなれない」
セオもラフィを見すえる。
「俺にとってもラフィがいちばん厄介だよ。負ける気はないけどな」
ふたりの視線がぶつかる。
「未来の聖騎士諸君」
大聖堂の広間に声がひびきわたった。波のようなその声が通り抜けたあとには、雑談の声はひとつも残っていなかった。
司教座の前に聖職者の男が立っていた。
「私は司教のグレゴール・ド・サンクトマール。今回の刻印式をとりしきらせてもらう。諸君が神の御加護をたまわれますように」
グレゴールは十字を切って手を組んで祈り、
「
とさけんで両手をひろげた。
「これより神聖なる刻印式をはじめる。名をよばれた生徒から前にきたまえ」
補佐役の司祭が名をよんでいき、よばれた生徒から順に祭壇の前にいく。
輝く聖法陣にかこまれた祭壇。
その上に聖典が置かれている。
名をよばれた人が聖典にふれ、祈りの言葉をとなえると、光につつまれ、手の甲に聖法力の刻印がうかび、霊魂に神の言葉がきざまれる。
神の言葉とは神の加護のこと。
それは本人しか知ることができないため、どんな言葉がきざまれたのかをその場で司教に伝えなければならない。
そうしなければ聖騎士の資格を得られず、神の言葉を偽証するのは死罪である。
「セラフィーヌ・ド・アルデブラント」
ラフィの名がよばれた。
彼女はセオに笑いかけてから立ちあがり、祭壇の前にいき、聖法陣の上に立って聖典にふれる。
「
となえた瞬間、聖なる光が彼女をつつんだ。
聖典にふれている彼女の手の甲に刻印がうかびあがる。
波がひくように聖なる光は消えていく。
グレゴール司教がラフィに投げかける。
「汝、真実の言葉を明かしたまえ」
ラフィはグレゴール司教にむかっていった。
「主が私にさずけられた祝福は――『閃光』です」
ざわざわ。
大聖堂の広間にさわがしい波がもどる。
「『閃光』だって」
「かつての剣聖がもっていた御加護」
「何者だあいつは」
「アルデブラント辺境伯の娘ですって」
「傭兵あがりの侯爵家か」
「女のくせに」
ラフィが祭壇から離れるとき、その視線はセオのほうにむけられていた。
セオはそれをまっすぐ見れなかった。
「セオ・ハスウィン」
司祭に名をよばれたが、すぐに立ちあがれなかった。早くいかないと変な目で見られてしまう。まわりの視線が気になりはじめる。失望されたらどうしよう。
ラフィが大あたりだったから。
もし大したことのない加護だったら。
「セオ」
ラフィの声がきこえた。
顔をあげると、貴族らしくゆっくり歩いてこちらにもどってくる彼女と目があった。
そうだ。
ほかのだれよりも努力をしてきた。
セオにはその自負がある。
神は応えてくれる。
そう思いなおして立ちあがった。
すこし早歩きで祭壇の前にいく。
聖法陣の上に立ち、聖典に手をふれ、目をつむってとなえた。
「
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