第5話 流星に願いを
「──世界を落とす」
少年の口から漏れたのは、憎しみに火を灯すような静かな断言だった。
積もり積もった怒りが、とうとう燃える形になったのだ。
その一言は、あらゆる雄弁より重かった。
破壊を望む者の多くは、怒鳴り、喚き、激情をぶつけてくる。
だが、今の司雨はちがった。
まるで“願いごと”のようだった。
「……っ、冗談にしてはタチが悪すぎるぜ……」
「じゃあよ――ひとつ聞きたいんだが……なぜ中華街には手を出さなかった?」
「ああ。あの油と香辛料には敬意がある」
「……それだけか?」
「壊す気分にならなかっただけだ」
対話を試みる。
だが指は引き金から離れない。
銃口は、確実に司雨の心臓を射抜く位置にあった。
「そうか……
話は戻るがその願いをするってことは、もう……オレに撃たれてもいいってことだぜ?」
司雨は微動だにしない。
どこか乾いた、真っ白に燃え尽きたような目。
「お前ごときにオレは止められない――分かるんだ。
オレを殺してみろ。
それでオレの負力が止まらなければ、少なくともこの日本は“落ちる”ぞ」
嘘ではなかった。
司雨の背後で、空間がわずかに歪んでいた。
“星を吊るす鎖”が再び音もなく舞い上がり、空からゆっくりと降りてくる。
現実の皮膜が薄れ、重力さえ反転しそうな空気が漂っていた。
まるで世界が天井からぶら下がっているかのように――
(ちくしょう――!
国ごと人質にとるやつなんて初めて見たぞ――ッ!
こいつの説得は刑事ドラマのベテラン刑事でも無理ゲーだろうがッ!
こんなのドラマにしたところでお話として収拾つかねぇぞ!
この引き金を引けば実質オレが日本を壊滅させた要因になるし――
やらないで放っておけば世界ごとイカれる!)
(仕方ねぇ……やれるだけやるか――)
「ははっ、そんなに強え御駒ってことは。
そうとうの重荷を背負ってきたのがよーくわかるぜ……」
豪魂はリボルバーを下げ、しめ縄を収めた。
代わりに、腰の守り袋から**“札”**を取り出す。
それは、封じた怨霊のひとり――
“己を世界ごと呪い、全てを焼こうとした炎の少女”の残滓だった。
彼女は言ったのだ。
「私が壊したかったのは、この空気、この視線、この全部。
でも、それを言ってしまったら、私はもう人間じゃいられないと思ってた――」
豪魂はその札を握り、呟く。
「……お前に似てるやつが、昔いた。この世の地獄で泣いてた。
そいつも“世界を壊したかった”って言ったよ。
でもな、その子は最後、こう言ったんだ――
“できれば、違う道を選びたかった”ってよ」
司雨のまなざしが、わずかに揺れる。
それは怒りでも、同情でもない。
ただ、聞き取れない声を探すような、そんな目。
「オレはな、司雨。
世界を落としたい奴らの話も、耳にしてきた。手も握ってきた。……そんで、成仏させた……」
豪魂は苦笑いを浮かべる。
「でもよ……それはもう死んだ後だからだ――」
風が止まり時間だけがそこに置き去りにされた。
司雨は動かなかった。
ただ、目の奥で、どこか遠くを見つめていた。
「なぁ、司雨……頼むから他の道も歩んでみようぜ。
生きているうちにさ――選択がまだあるんだよ……
オレがついていってやる――
――できる限りのことならしてやる。
もう一度だけ考え直してくれねぇか――?
それでも気に食わないならオレも一緒に世界を落としてやる――」
司雨は一呼吸おいてこう言った――
「オレの選択は変わらない――星々を引きずり下ろす。
それはオレ一人で十分だ」
「お前にとっての星々とは――なんだ?」
「オレが――見上げる全ての幸福」
――ここでこいつの望みを逸らす。
「なら一つ提案がある――
きっとおもしれぇぞ?」
司雨を殺したあと暴走する怨霊の強制封印と比べりゃ――
こんな条件のいい賭けはもうねぇ――
「……」
豪魂がニヤリと笑う。
「聞く気になったか――それはな――
世界を貪る巨悪をぶちのめすことさ――」
「巨悪――?」
きた――!
司雨の噴火するような勢いの負力が穏やかになっている――!
「ああ、巨悪だ――今のお前を形作った巨悪さ。
それにあんな小さな幸福を潰してもおもしろくねぇだろ!
汚職者に、弱みにつけ込む資本家――ギャングや麻薬カルテルを壊滅させるのだっておもしれぇじゃねぇか!」
司雨の心が僅かに揺れる。
負力のオーラがさらに衰える。
「そいつらをぶっ殺せばお前は英雄として崇められるかもしれねぇぞ?」
「オレは……」
「お前はようやく選択が与えられたんだ――その力はきっと絶望を打ち破るのに使える。
お前が英雄になれば特等席の居場所が与えられるはずさ――
世界はお前のために機嫌をとり、お前のために尽くすだろう。
美女を侍らしたっていい、法を犯すも守るもお前の自由だ。
しかしそれは世界がまだ存在していることを前提に成り立つ――自由なんだ――
これからは一番星のお前が他の星々を見下せる絶好の機会――そうとは思わねぇか!?」
「……」
司雨にまとわりつく負力のオーラが鎮静化されている――!
効いてるぞ――!
あともうひと押ししてやれば――!
「それだけやって満足できなかったら……一緒に取るに足らない星々をも落とそうか」
――頼む、これだけ言ったんだ……考えてくれ――!
司雨は長い沈黙のあと、静かに言った。
「……悪いが、オレの選択は変わらねぇ」
豪魂の笑みが一瞬固まる。
「……そうか」
豪魂は深いため息をつき、リボルバーをもう一度握り直した。
「お前を止めるには、オレは戦うしかねぇだろうな……」
「ああ――」
司雨の声は澄み切っていた。かつてない冷たさと覚悟が込められている。
「だが、今のオレには準備が必要だ。
お前を止めるための……
まぁ、なんだ。
戦略的撤退って奴よ!」
豪魂は司雨の顔面めがけて呪怨弾を一発放った。
「チッ――」
当然、司雨には当たらず鎖で弾かれた。
しかし着弾点から霧のようなものが吹き出し、身体が少しばかり重くなるのを感じる。
視界も悪く、豪魂の影すら見えなかった。
霧の晴れた浜松に豪魂の声だけが残り。どこかへ行方をくらました。
しかし、豪魂の心は決して離れていなかった。
「また必ず会おうぜ、司雨……その時は、必ずお前を止めてみせる」
気づくと腕に違和感があった。
先程まであった負力が思うように出せない。
よく見てみると腕には謎の札が貼られていた。
「こんなもの、さっさと――
さっさと剥がれろっての!」
剥がれない。
まるで司雨の皮膚になったかのようにピッタリ密着する。
「クソぉぉぉお!!」
体の奥で、力が静かに引いていくのを感じた。
「違う……失われたわけじゃない」
指の間から、何かが音もなく零れ落ちていく。
「抑えられているだけだ」
荒れ狂っていた奔流が、堤防の内側へと押し込められたような感触。
「ただ、鎮まっただけ……」
激流は止まったわけじゃない。
地中深くに潜ったマグマのように、確かにそこに在るのだ。
車を乗り回す豪魂が一人ほくそ笑んだ。
「へへっ、あの札なら一ヶ月ぐらいはもつだろ。
なんたってオレの切り札なんだからな!」
「さて、その期間内に世界から最強の怨霊を用意しなくっちゃいけないんだが――
そうとうハードだな……どうしたものか……」
《速報:災害、静岡県浜松市にて突然停止──原因不明》
《防衛省「超常的脅威による国家機能壊滅」、自衛隊は対応不能と認定》
《国連安保理、異常事態を“災厄災害種A”と分類。人道的緊急援助要請》
(場面切り替え:臨時記者会見スペース)
閣僚たちが並び、顔を青ざめさせている。
緊張の中、報道陣が押し寄せる。
「……もはや、“現代の科学では説明不能”という他ありません。
我が国は、非常事態宣言の下で──」
突如、記者席から怒号が飛ぶ。
「敵は誰ですか!? テロなんですか!?」
「一体、何が起きているんですか!」
会見場がざわめき立つ。
(場面切り替え:全国の避難所)
「次は大阪か……逃げろ、逃げるんだ!」
「これ、本当に終わりなのか……?」
不安に震え、混乱した人々の声が交錯する。
――空港の出国ロビー
出国を希望する市民でごった返し、混雑は膨れ上がっていた。
――教会や寺院
淡い蝋燭の灯りが揺れる薄暗い空間に、祈りの声がひびく。
「どうか、この混乱が早く収まりますように……」
「神よ、私たちをお守りください……」
白髪の老婦人が涙をこぼしながら十字架を握り締め、隣の若い母親は子どもを抱きしめながら小声で祈る。
しかし、外では異様な喧騒が広がっていた。
窓の外、街灯の下でパトカーのサイレンが鳴り響き、若者の怒号がこだまする。
「ふざけんなよ! こんな状況で何もできねぇのか!」
暴徒化した群衆が商店のシャッターを蹴り破り、商品が散乱する。
一方で、薄暗い路地では静かに自殺を図る者もいた。
無数の叫びが交錯する中、誰かの嗚咽が寺院の壁に吸い込まれていく。
祈る者と暴徒、死を選ぶ者――
混沌の中で、か細い人間の営みが揺れていた。
「この世が終わるってのかよ……」
「あれは“人間”だったのか? 一体、誰が、何のために……?」
――高層ビルの会議室
画面に日本の混乱が小さく見える中、セレス・フロンティア財団の重役たちが静かに集まっていた。
「予想通りだ。国の機能が麻痺した今、我々の動きやすい環境が整った」
黒いスーツに身を包んだ男が、冷徹な目で議論を仕切る。
「これを機に、我々の影響力をさらに拡大する」
別の重役が画面に映し出された混乱のニュース映像を見つめ、薄く笑った。
「公的機関の支援が届かない地域に民間の力を注ぎ込むことで、名声も利益も同時に手に入る」
机の上には、既に買収済みの地所やインフラ関連の契約書が山のように積まれていた。
「対外的には“人道的支援”を強調しつつ、裏では着実に地盤を固める。政府も国連も手を出せまい」
「私たちによる創世記はじきに始まる」
重役たちは冷酷な笑みを交わし、世界の混乱を利用した計画を練っていた。
――災害後数日、各国の対応と隔離
アメリカ:横田基地を放棄、在日米軍は沖縄へ全面撤退
中国・ロシア:北海道上空で偵察ドローン多数、報復を警戒
国連:国際観測団の派遣を表明するも、静岡以東は立ち入り不可能。
しかしセレス・フロンティア財団だけは自由に調査を進めていた。
豪魂は寺に帰ったあと一人、戦略を練る。
「……さて、これからが本番だ。」
豪魂は寺の奥にある小さな部屋で、何冊かの本を取り出し、資料を机に広げた。
「この中から精鋭を厳選しなくっちゃな……」
それは、かつて世界を呪い、消えた者たちの記録。
ただの亡霊ではない。御駒の成れの果て――最悪の怨霊たち。
「シリンダーに入るのは六発……しかしそれだけじゃ心もとない。
十二発は必要になる――そうくるなら……
十二天将。これを揃えなきゃ、司雨は止められねぇ」
彼は、記録に目を走らせる。
一つひとつの名前の裏に、声があった。怒りがあった。涙があった。
それを“弾”に変える。それが、今の自分の役目だ。
――それは、最凶の呪いをかき集める旅。
世界を壊す力に対抗するには、かつて世界を呪った者たちの力を借りるしかない。
「──揃えるしかねぇ。十二の呪怨弾を」
豪魂は、歴史書や過去の災害記録から計画を立てた。
◆第一段階:《怨ノ國の記憶》
日本に今なお残る、三大怨霊。
崇徳、将門、道真……そのいずれもが今なお、恨み強く残る御駒。
◆第二段階:《人の苦悩に名を与えよ》
四苦八苦の代表者。
生・老・病・死――そして愛別離苦から五蘊盛苦。
世界に散らばった“苦しみの化身”を探す旅。
◆最終段階:《黙して燃ゆる者》
一切皆苦――全ての苦の総大将。
「全部揃えても、あいつを止められる保証はねぇ……けど、やるしかねぇよな」
次なる戦いに備えるため、“十二天将”収集を決意する。
それゆえ、豪魂の使命はただの怨霊狩りではない。交渉、説得、封印という三つの手順を踏みながら、世界の最も危険な怨霊たちを味方につける契約を結ぶことが不可欠だった。
収集スケジュール案
第一段階 日本三大怨霊の調査と交渉開始
最も危険度の高い怨霊たち。まずは日本で確実に一柱ずつ確保し、戦力基盤を固める。
豪魂は計画の書かれた資料を手に取り、深く息を吐いた。
「やることは山積みだ。けど、これを乗り越えねぇと、司雨は止められねぇ……」
彼の目には、決意の炎が宿っていた。
「十二天将を揃えて、世界を壊す前に守ってやる……それがオレの約束だ」
そして、豪魂の次の旅が静かに始まろうとしていた。
星落としの忌み子 灼灼金魚 @syakusyakukinngyo
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