元魔女ヒーラーの治療録~私にだけ甘えてくるんですがこのクソ真面目王子~

ことのはじめ

1.堅物王子と筆頭ヒーラー

「私の傷は誰にも癒やせない。たとえ王立医局筆頭のヒーラーであろうともだ」


 初対面でそんなことを言われてアメリアは正直面食らった。いくらなんでももう少し人当たりのいい言葉遣いがあるだろうに。

 だがアメリアとて二十七歳の大人である。医局に勤める社会人というやつだ。不躾な王子に対して不敬な態度を取ることなどしない。実際はそれなりにムカついてはいる。


(うーん、こいつ吹き飛ばしたい)


「それでも誠心誠意ヒーラーとしての務めを果たすまでです、殿下」


 そんな事などおくびにも出さずにスカートの裾をつまみお辞儀をして見せれば、殿下こと王国第二王子コーネリアスは不服そうな表情をして口をつぐむ。

 星影のように白らかな髪に、澄んだ青色の瞳が鋭くアメリアを見据えている。きっちりと着込まれた服はしかしあちこちがまくり上げられ、白い包帯が巻かれている。

 ケガをした清廉潔白を人の形にすれば恐らくこんな身なりなのだろうな、そうアメリアは思った。


 対するアメリアは夜空のように暗く長い黒髪に、黄昏時の空色を思わせる紫の瞳を片方隠している。ヒーラーであるから身に纏うローブや身だしなみは整えてはいるが、清潔感ならコーネリアスの方がずっと上だろう。


「それでは、今回の療養地での療養計画についてご説明いたします」


 アメリアは人当たりのいい表情のままコーネリアスと侍従に書き記して置いた資料を広げ計画を説明していく。


 ここフローリア王国は豊かな自然とそれが育む多量なマナにより栄えている国だ。だがマナは淀むと魔物を生み出す。マナの淀みが溜まり、時折大量の魔物が国を襲う事もある。


 コーネリアスは守護騎士団団長も務めているため、魔物との戦いで常に前線に立って剣を振るっていた。先の魔物の群れが辺境を襲った際も遺憾なくその腕を振るったのだが、運悪く傷を負ってしまった。幸い命に関わらなかったものの傷は深く、しばらくはじっくり静養しなければならなくなったのだ。


 そのため、国王は王子を国内随一の療養地リムネアにて傷を癒せと命じたのである。そしてその療養計画を担当したのが王立医局の筆頭ヒーラー、アメリアなのだ。



「……という形で、治癒魔法の効きが弱い殿下には湯治をメインとした静養を取っていただきます」

「なるほど、使い物にならない守護騎士を体よく追い払うのか」

「殿下。国王陛下のお心遣い、無下にしてはなりませんよ」


 皮肉るコーネリアスを侍従の男性がたしなめる。だがコーネリアスは不服そうなままだ。


「それで、静養で鈍った私を守護騎士から退かせようというのだろう」

「殿下」


 侍従が気まずそうに諫めるが、コーネリアスは気にしていないようだ。


(なんとまあ、卑屈な王子さまだ。そんなんだから周りが萎縮するんだろうよ)


 アメリアは内心呆れながらも表には出さず事務的にことを進める。

 主に侍従に詳しい計画書を渡し、簡単な説明を添える。


「以上です。その他ご不明な点は計画書を読んでいただくか私に問い合わせて抱ければ」

「貴重な時間をありがとうございます、アメリア殿」

「現地には私も同伴いたしますので、こちらこそよろしくお願いいたします」

「治せるものか。治癒魔法が効かない私に、魔法治療など」


 ぼそりとコーネリアスが漏らした言葉は、しかしアメリアにはしっかり届いていた。


(治らない治らないって、病は気からを地で行く王子さまだな、ったく)


「こちらもできる限り支援していきますので」


 アメリアはそう言って挨拶をし、ふたたびお辞儀をした。それを合図に侍従が時計を見やり、コーネリアスに告げる。


 コーネリアスはじっとアメリアを見つめていた。どこか訝しげな視線だった。


「コーネリアス様、そろそろお時間です」

「わかった」


 コーネリアスはお辞儀をしたままのアメリアから視線を外すと、侍従に促されるまま医局の応接室を後にする。


 扉が閉まり、ゆっくりとアメリアは顔を上げた。だが、そこには先ほどのしおらしい淑女の顔などどこにもない。むしろ魔女のように口角をつり上げて邪悪な笑みを湛えている。


「……誰にも癒やせない? 上等。絶対治して見返してやるからな堅物王子がよ」


 今にも高笑いしそうなアメリアの横に、すうっと小さな黒猫が姿を現す。


「ちょっとアメリア。まだ医局なんだから地を出すのは早いよ」

「っと、ごめんごめん。でもルルも見てたでしょあの堅物っぷり。まるで今まで誰の助けも借りずに生きてきました~みたいな態度取ってさ」


 ルルと呼ばれた黒猫はアメリアの使い魔である。元はただの黒猫だったのだが、アメリアと魔法の契約を交わし言葉を喋る使い魔となったのだ。


 ルルはくりくりとした黄色の瞳をアメリアに向け、応接室の外に注意を向けさせる。


「それより、局長が外で待ってるよ。この前の魔物掃討でケガした人がまだいっぱいいるんだから」

「わかってるって。局長も立ち会えない忙しさの中来るなっての」

「王様の命令なんでしょ、面倒な決め事作るよね、人間って」


 ルルが横で伸びをする中、アメリアは決意を新たに応接室を出る。


 あの堅物皮肉王子をなんとしても治して目にもの見せてやる。


(今に見てろよ……)


 応接室を出ていくアメリアはまるで魔女のような邪悪な笑みを浮かべていた。

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