背徳症状-奈波の花嫁-

アトナナクマ

第1話。奈波と通話

「みんな、またねー」


 ありきたりな挨拶をして、私の配信は終える。


 私の配信を最後まで見てくれる人がいる時ならいいけど、誰も私の配信を見ていない時に終わりの挨拶をすると、何やってるんだろ私って。考えてしまう時がある。


「はぁ……SNSでも見るか」


 配信が終わった後は、ネットで感想を調べることにしている。掲示板なんかは覗かないけど、配信者として有名じゃない私にアンチがいるとも思えないし、わざわざ遠ざける意味はないと思った。


 ネット上の反応。


『母親の声入っててウケる』


 そんなつぶやきが目に止まった。


「お母さん……」


 配信中は静かにしてほしいって頼んだのに、お母さんの声が配信に乗っていた。私は頭を手で押えるけど、全部自業自得だと思った。


 配信者として活動をしながら、私は実家暮らしをしていた。当然、風が吹けば消えてしまうような弱小配信者の私は、アルバイトをしながら、時間がある時に配信をしているという状態だった。


 そんな生活に不安があるわけではないけど、やっぱり配信者と活動するなら人気になりたいという希望?野望?みたいなものはある。


 だけど、私には生まれた時から才能なんてものはなかった。


 才能が無ければ努力をすればいい。なんて、誰かに言われた気もするけど、努力する時間も私には無かった。


 この世界は不平等で理不尽なことばかり。


 生まれた世界を間違えたなんて、おおげさなことを口にしても現実は変わらない。だから、私の人生は今日も明日も明後日も同じように進んでいく。


 そう、思っていた。


「ダイレクトメッセージ?」


 使っているSNSアプリの一つ。メールように相手にメッセージを送れる機能があるけど、だいたいは相手の方に送れないように制限されている。


 私は制限をかけていなかった。私に直接メッセージを送ってくる人なんて存在しないし、私のファンも妙にお利口で、気づきながらメッセージを送ってこない。


 そんな中で私にメッセージを送ってきたのは。


「エレン?」


 シンプルでわかりやすい名前。相手のアカウントを確かめる為に、プロフィールを見てみることにした。


「なに、このフォロワーの数……」


 私と比較することもおこがましい。公式アカウントくらいでしか見たことないようなフォロワー数に私の手が震えていた。


「いやいや、何かの間違いでしょ……」


 もう一度、メッセージを確認する。


 確かにエレンのアカウントから届いている。


「偽アカウント……いや、リンクは合ってるし……」


 とにかくメッセージを読んでみることにした。


「えーと……」


『配信お疲れさま。突然メッセージを送って、ごめんね。ただ、ナナちゃんと話してみたいと思ったから』


 妙に馴れ馴れしい。母親でもここまでグイグイくるようなメールは送ってこないし、溢れ出るチャラ男感が気に触る。


 でも、プロフィールを見た時、エレンは女性と書かれていた。なりすましなら、納得出来るけど、配信は見てくれているみたいだった。


「返信……うーん、返信か……」


 何かのドッキリ。そう。これはきっと素人をからかってるだけ。だから、私は上手くメッセージを返すことにした。


『送る相手、間違えてませんか?』


 よし、これで相手の出方をうかがう。


 メッセージを送り返した後に私のコミュ力の低さに呆れてしまう。せっかく有名人と仲良くなれるチャンスかもしれないのに、私の性格が邪魔をする。


 すぐにエレンからメッセージが来た。


『VC(ボイスチャット)で話そうよ』


「いやいやいや、ほんと怖いって……」


 私、もしかして新手の詐欺に引っかかてる?そんなことが頭に浮かんだ瞬間、メッセージに通話アプリのリンクが送られてきていた。


「あ、わかった。これ押したら架空請求されるんでしょ。私、知ってる。何回か踏んだことあるし……」


 スマホの画面を消そうとした。


 だけど、私の手が止まったのは、エレンのアイコンを見たから。何かのマスコット。クラゲみたいに見えるけど。その正体まではわからなかった。


「クラゲ、か……」


 昔、クラゲが好きな人がいたっけ。


「……騙されても、いいか」


 私はリンクを押した。


『通話に参加しますか?』


 本当に通話アプリのリンクだった。でも、通話を始めたら勧誘話ってこともありえるし、私は覚悟を決めて通話を始めることにした。


「……」


 通話、繋がってる。よね。


「って、通話入ってるなら声出してよ」


「……っ」


 女の子の声。少しかっこい系だけど、聞き覚えがある気がする。緊張してよく聞き取れなかったけど、私はちゃんと話をすることにした。


「は、はじめまして……わ、私は……」


奈波ななみちゃん」


「え……」


 今、私の本名を言われた。


 通話アプリの名前は『ナナ』で登録している。


 だから、本名は絶対にわからない。


「あれ?まだわからない?」


「えーと……」


「わたしだよ。澪音みお


「……」


 澪音。どの澪音。いや、私の知ってる澪音なんて一人しかいない。それに、この話し方も、声も、私の知ってる澪音のものだったから。


「ごめん、昔のケータイ海に落としてさ。奈波の連絡先わからなくなったんだよね。あ、新しくスマホにしたから連絡先交換する?てか──」


「あのさ!」


 私は澪音の言葉を遮った。


「澪音なら……初めから言ってよ……」


 澪音だってわかってたら。


 私は期待なんてしなかったのに。


「わたしがエレンって言ったら信じてた?」


「エレン……そういえば!あのフォロワー数どうなってるの!」


「どうなってるって言われても。わたしがエレンとして活動を続けてきた結果かな」


 確かプロフィールには音楽活動をしていると書いていた。エレンの曲を耳にしてこなかったのは、私が音楽関係から目を背けてきたからだろうか。


「そっか……やっぱり『歌』続けてるんだ」


「奈波ちゃんは?もう弾いてないの?」


「あれから一度も触ってない」


 私には澪音みたいな才能があったわけじゃない。


「なら、奈波ちゃんの今の夢は有名配信者なること?」


「夢っていうか、趣味っていうか……」


 配信業だけで食べていくつもりはない。それを夢とは語れないし、趣味と呼ぶには向き合う時間が少な過ぎる。


「実はわたしも配信してるんだよね」


「え……?」


「リンク送った」


 スマホの画面を見てみると、エレンの配信アカウントを確認出来た。SNS程じゃないけど、十分な登録人数がいることはわかった。


 私よりも遅くに初めて、私のチャンネルよりもたくさん登録してる人がいる。これが澪音の持ってる才能の力。嫉妬することすらバカバカしくなってしまう。


「あのさ、奈波。言いたいことがあるんだけど」


 澪音の言葉遣いに変化があった。


「なに?」


「奈波の活動名、もしかしてウケ狙い?」


「違います!」


 他人と名前が被るのが嫌で付けた名前。ただ、私も含めてみんな『ナナちゃん』って呼ぶから、そっちで慣れてしまった。


「ナナちゃんじゃなくて、クマちゃんの方にすればよかったのに」


「澪音、クマなんて好きだったっけ?」


「まあまあかな。本当はグリズリーって名前で活動しようとしたんだけど、マネージャーに止められて」


「マネージャー?」


 有名になると、やっぱりマネージャーを付けるのだろうか。澪音は昔から雑なところがあるし、管理する人は必要なのかもしれない。


「お姉ちゃんだよ。会ったことなかった?」


「うーん、会った気もするけど……」


 顔を見ただけで、話はしなかったと思う。


「澪音?」


 一瞬、澪音の画面がミュートになった。


「ごめん。そのマネージャーから早く寝ろって怒られから。また今度話そうよ」


「あーうん……」


 気づけば、通話が終了していた。


「澪音、か……」


 私にとって、親友だった女の子。


 その絆は、まだ繋がっている。


 いや、絆なんて。本当にあったのだろうか。


 今では、よくわからない。

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