【短編集】三題噺
泡沫 河童
「息」「予感」「光」
眼の前が突然暗くなり、ぼんやりしていた私は急いで原付きのスピードを緩めた。
私は田舎道をただひたすらに、目的もなく走っていた。
気づいたら近くの集落から結構離れていたようだ。
休日に女子高生が一人原付きで田舎道を走っている。
そんな私を、取り囲む山々が物珍しそうに見下ろしているようだった。
トンネルの中は外の空気より冷たい。
初夏の暑さに当てられた私の中の熱のせいで、トンネルの冷気で冷やされたヘルメットのバイザーが息で少し曇ってしまった。
トンネルは怖い。
二輪乗りはみんなそう思うだろう。
都市部のトンネルは道の端を走っていると車やトラックに追い抜かされていく。
そのときに巻き込まれる風で、身体ごと煽られる。
まるで一陣の風に飛ばされる木の葉になったような不安感。
私もトンネルが怖い。
ただ、田舎のトンネルは少し違う。
ほとんど車通りのない山道のトンネル。光もほとんどなく、新月の夜のような暗くて孤独な道。
そんなトンネルを走っているとき、私はいつも私だけを感じることができる。
「この夜はいつまで続くんだろう」
「水たまりがあったらどうしよう」
「落盤で埋められたら誰か気づいてくれるのかな」
「こんなとこ来なければよかったかな」
不安のバーゲンセールを押しのけていくと、私だけの純粋な地平が開けてくる。
「身体が冷えてきた」
「手が冷たい」
「湿った空気で肺が重い」
「でも少し気持ち良い」
「原付きが身体の一部みたい」
「この先に何があるんだろう」
ゆっくりと、心の淀みが流れる風で押し流されていくように。
ようやく目の前に光が見えてきた。
ああ、ようやくトンネルが終わる。
トンネルは不安な私を洗い流してくれる。
そして、その先には何かが待っている予感を感じさせてくれる。
「この先に絶景があるのかも」
「いや、なにもない普通の山道かな」
「むしろ通行止めだったりして」
「タヌキとか出てきたらやだなぁ」
熱くなる『息』、出口の『光』、その先の『予感』
私はトンネルが怖い。
でも、それ以上に楽しい、気がする。
― 終 ―
【短編集】三題噺 泡沫 河童 @kappa_utakata
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