第六章 裁きの日(由貴子)

 へー、なかなかスゴイじゃん。


 由貴子は左右に転がった不気味な生首を眺めながら、暗い通路を進んだ。

学生の作ったお化け屋敷なんてたかがしれている。ただ、ハロウィンみたいに幽霊のコスプレがしたいというだけでお化け屋敷を選んだから、お化け屋敷のできには期待していなかった。

 だけど、みんな何かから逃げるようにお化け屋敷づくりに没頭した。その結果、傑作のお化け屋敷が完成したのだ。


 今年の夏休み明けから、いろいろあった。

 事故死、自殺、食中毒、転校。まるで呪われたように二年一組にだけ不幸が立て続けに起きていた。


 さとこサマの呪いかもしれない。そんなふうに怖がって、大人しく震えて過ごしていた自分が馬鹿みたいだ。


「月葉の言う通り、やっぱただの偶然か」


 ははっと笑った声が暗闇に響いた。


 いちばん酷いいじめを受け、もうすぐ自殺するんじゃないかと思っていた月葉が夏休み明け大変身を遂げた。

 コンタクトにしてすっかり可愛くなったし、性格も明るくなった。あれなら、親友にしてやってもいい。心からそう思えた。


 一年生の六月、愛が夏月と月葉に声を掛けようと言ったとき、由貴子は反対だった。

 夏月は別にいい。あの子はただただ平凡で大人しくて、地味なイイ子ちゃんという感じだったから、扱いやすそうだった。でも月葉は陰気で弱々しそうなのに頑固そうで、正直あまり好きじゃなかった。

 でも愛が仲間にしようと言い張るから、しょうがなく賛成した。

 それは正解だった。夏月と月葉は昼休み一緒にご飯を食べ、たまに遊びに誘ってやれば掃除当番やおつかい、なんでもやってくれた。ペアで組む時には二人のどちらかを借りることができて、すごく便利だった。


 ただ、愛が月葉にちょっと肩入れしすぎているのは気になっていた。自分や奈々とはできない話を、密かに月葉にしているようだったのが悔しかった。

 そのことで愛と自分の友情を疑ったこともあったが、去年の十月の半ば、月葉が自爆してくれた。


 月葉は愛がもっとも嫌うクラスメイト、朔耶と仲良くなったのだ。


 愛の再三の忠告を無視して、月葉は朔耶と喋り続けた。そんな折、夏月が申し訳なさそうな顔で教えてくれた。月葉が陰で自分たちを悪く言っていると。

そして、一年生の二月、月葉はずしがはじまったのだ。


 さすがにいい子ちゃんの夏月に月葉への嫌がらせを命じられない。新たにまりえと志穂を手駒にして、月葉への嫌がらせを行った。

私はいじめなんてしませんし屈しませんと、潔癖な態度をとっていた月葉が、日に日に弱っていくのは面白かった。


 二年生の新学期早々、学校一のイケメンの薫と親しくなったのも愛の加虐心を煽った。薫は愛が狙っていたのに、月葉は平気で薫と仲良くした。だから、もっともっと、いじめてやった。


 気紛れだったのだろう、薫は月葉から離れていった。途端に孤立無援になった月葉は前より一層暗くなった。日に日に暗さを増していく月葉が鬱陶しくて、よけいにいじめたくなって、正直、消えちゃえばいいのにとさえ思った。

 それがすっかり変身して、今では愛の次に大好きな友達と言っても過言じゃない。


「お化け屋敷を先に楽しんじゃおうとか、月葉イキなこと考えるじゃん」


 雰囲気だけでもじゅうぶん楽しめるお化け屋敷を、軽やかな足取りで進む。


 気味悪い井戸が見えてきた。お菊に貞子、ジャパニーズホラーにつきものだ。

手作りの井戸の向こうの闇に、ふっと青白い顔が浮かんだ。

 落ち窪んだ陰気な目、微かに笑う赤黒く色づいた不気味な唇、ださいおかっぱ頭。


「えっ、ちょ。なに?」


 あれって、あのさとこサマなんじゃないか―…


 ドクンドクンと心臓が鳴る。


 どうしてさとこサマが。さとこサマの仕掛けなんかないはずだ。

 足が震えて動かない。その場でガクガクと震える由貴子に、さとこサマはゆっくりと近付いてくる。

 顔だけが宙に浮かんでいるのだと思っていたが、よく見ると、体に黒い衣をまとっていた。なんだか死神みたいだ。


 怖い。動けずにいる由貴子に、素早い動きで死神が近付いてくる。死神が腕を振り上げた。ぎらりと銀色の光が閃く。


 首に鋭い痛みが走ったと思った瞬間、ブシュッと勢いよく血が噴き出した。


「え、ウソ」


 首に手を当てて、由貴子は茫然とする。

 

 猛烈な寒さと眠気に襲われ、足から力が抜けた。ぺたんと由貴子は井戸の傍に座り込んだ。何が起きたのか理解できず、ただ、ぽかんと死神を見上げる。


「さよなら、由貴子」


 死神が鈴を転がすような声で呟いたと同時に目の前が暗くなる。目を開けているのに何も見えない。


 酷い寒さでひりつくような痛みさえ薄れ、意識が朦朧とする。やがてすべてが真っ黒に塗りつぶされた。


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