第二章 異変④
「昨日夕方、南奈々が電車に轢かれて亡くなった」
倉坂先生からそう報告があった日は、朝から重苦しい灰色の雲が垂れ込める嫌な空模様だった。
体育館で行われる黙祷のために廊下を出席簿順で移動しながら、前後の生徒同士でひそひそ話を交わす。
奈々が死んだのは顔の火傷を苦にした自殺か。いや、さとこサマの呪いではないか。そんな会話が聞こえてきて、夏月は小さく溜め息を吐く。
愛と由貴子はここ数日奈々の悪口で盛り上がっていたわりには沈んでいて、その日は二人でしんみりと奈々の思い出話をしていた。しきりに「寂しい」と口にする二人を、一之瀬、松島、横尾が慰めていた。
その様子を見ていると、愛と由貴子の寂しさは食虫植物が発する甘い香りのような、捕食のための偽りのように思えた。
一週間以上が過ぎると、奈々の死は次第に忘れられつつあった。
奈々が死んだのは学校ではなく、死を目撃した生徒もいない。おまけに奈々は、火傷した日から苛立ちを周囲にぶちまけ、誰も彼も寄せ付けず一人でいた。そのことが奈々の死に対する悼みを失せさせていた。
奈々の存在は忘れ去られつつあったが、線路に転落してバラバラになったという衝撃的な死は噂になっていた。
「じつは事故死じゃなくて誰かに殺されたんじゃないの?」
「違うって、火傷を苦にした自殺だってよ」
面白半分に囁かれる噂の中で一つ、夏月を怯えさせるものがあった。
それは『さとこサマに成敗された』という噂だ。
夏月の耳の奥には最近、さとこという名前がこびりついている。
自殺した少女さとこが学内の悪を裁く神様、さとこサマになった。美談にも怪談にも聞こえるさとこサマの噂が夏月は怖かった。
奈々が火傷を負ってさらに事故死したのは、小百合が不登校になってから。あまりにもタイミングが良すぎる。
唇が赤黒く染まった不気味なさとこ像が脳裏に鮮明に浮かぶ。さとこサマの噂は本当なのではないか。
ふとした拍子に自ら生み出した想像に怯える自分に、夏月は苦笑する。
さとこサマの噂なんて、馬鹿馬鹿しい。
そう思っていた矢先、二年一組の生徒がまた死亡した。
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