43. 手は抜かない②
「これから賄いを作るので、まずは包丁の使い方を身に着けていただきます」
「いきなり包丁か……」
「剣よりずっと軽いので、テオドール様なら簡単だと思いますわ。最初は私が切るので、見ていてください」
マリエットはそう口にすると、近くのカゴからニンジンを取り出す。
今までマリエットが作ってきた賄いは初めて作る料理の実験も兼ねていたけれど、明後日のステーキは何度も作ったことがある。
だから、今回の賄いは初心者でも作りやすい野菜炒めにすると決めていた。
「……早いな」
「ごめんなさい。いつもの癖で……」
「見えているから問題ない。ただ感心していただけだ」
テオドールの言葉に、手の動きをゆっくりにする。
彼は普段の速さでも問題なく見えている様子だけれど、見やすいように向きも変えて続けていく。
「こんな風に、指でおさえながら刃を押していきますわ。皮を剥くときは、横に動かすと切り過ぎた時に指まで切ってしまうので、気を付けてください」
「剣とは逆の動きをするのだな。やってみても良いだろうか?」
「ええ、是非お願いしますわ」
マリエットが包丁をまな板の上に置くと、テオドールが恐る恐る手を伸ばす。
王侯貴族の嗜みとして剣には慣れている彼でも、初めて触れる刃物の扱いには慎重だ。
「当て方はこれで大丈夫か?」
「完璧です」
「これで押すと……」
そう口にしながら、テオドールは包丁に力を入れていく。
すると、ゆっくり刃が入り込み、少しずつ皮が剥けていった。
「上手ですね!」
「そうだろうか……?」
「ええ。最初なのに綺麗に剥けていますから!」
テオドールが剥いた皮は幅が均一で、目立った段差は無い。
手本に比べれば厚いものの初めてにしてはかなり上手で、マリエットの予想通りだ。
「ありがとう。自信になるよ」
「どういたしまして。油断して力を入れすぎないでくださいね」
そう口にしながら、マリエットはニンジンを縦に四等分する。
「……次は、こんな風に等間隔で切っていきます。厚すぎると火が通らないので、これより厚くならないようにしてください」
「等間隔か……難しそうだな」
テオドールは自信が無さそうだけれど、包丁を握ると顔つきが変わった。
最初はマリエットが切ったものを並べて、長さを確認しながら刃を入れていく。
すぐ近くに見本があるから厚さは殆ど同じ。今回は失敗しても大丈夫なように食材を用意してあるものの、
「ここからは手本を見ないで切ってみてください」
「マリー、まだ俺には難しいと思うが……」
「失敗するのも大切ですわ」
「分かった。やってみるよ」
手本がまな板の上から消えても、テオドールは程よい厚さに切っていく。
マリエットが料理の練習を始めた頃は均等に切ることは難しかったから、彼の才能が羨ましい。
「……これもお上手ですね。次はこのピーマンを切っていきましょう」
「分かった。複雑な形をしているが、どうやって皮を剥けばいい?」
「これは中の種を取ってから洗うだけですわ」
そう口にし、マリエットは中の種を取ってから水で洗っていく。
「……こんな感じで大丈夫か?」
「ええ。洗ったら、次はこんな感じで切っていきます」
テオドールはマリエットの動きを真似ながら、ピーマンを細切りにしていく。
力を入れすぎて割ることはなく、切った後の形は綺麗なままだ。
「テオドール様、本当に料理は初めてですか?」
「ああ、本当に初めてだ。まだ失敗していないのは、マリーの教え方が上手で分かりやすいお陰だと思う。
スキルを持っている人は、教える時でもスキルがある前提で話すことが多いが、マリーは料理スキルを使っていないだろう?」
「そこまで気付かれていたのですね」
少し慣れたからか、テオドールは会話をする余裕が出てきたらしい。
けれど、切り終えたピーマンは端が繋がっているものもあった。
「ここ、繋がっているのでやり直しましょう。まな板で切るときは、こんな風に少し動かした方がしっかり切れますわ」
「……分かった」
幸いにもやり直しは多くなく、すぐに終えられる。
すると、マリエットは次の食材であるオニオンを取り出す。
「次はオニオンの皮を剥いていきますわ」
「丸いから難しそうだな……」
「手で剥けるので、簡単ですわ」
マリエットはあっという間に皮を剥き終えるが、テオドールは薄い皮をめくるのに苦戦してしまう。
けれどマリエットは口を挟まず、テオドールが自ら解決するのを待った。
「――やっと剥けた」
「オニオンの皮むきは後で沢山練習しましょう」
「笑顔で怖い事を言わないで欲しい」
「何事も練習は大事ですから!
でも、本番はこれからですわ。オニオンを切るのは少し大変なので……」
「切り方が特殊なのか?」
「見れば分かりますわ」
そう口にし、オニオンを切っていくマリエット。
最初は何事もなかったけれど、テオドールが異変に襲われていく。
「目が痛い……何事だ」
「これがオニオンを切るのが大変な理由ですわ」
「マリーはどうして大丈夫なんだ?」
「我慢しているので、そう見えているだけです」
言葉を交わしながら、テオドールはマリエットが置いた包丁を手に取る。
ここで目を閉じては男が廃ると、彼は目を見開いたままオニオンを切り進める。
「……目が痛すぎる」
「少し休憩にしましょう」
けれど、涙が流れるのは止められず、一度厨房を出て休憩することになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます