35. 活きの良い食材①
「……他に心配なことは無いか?」
「大丈夫です」
国王の問いかけに、テオドールが答える。
もうすぐ予定していた話し合いの時間が終わるため、マリエット達は公爵邸に戻る流れになった。
「私も大丈夫ですわ。本日は本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく。また明日、会えるのを楽しみにしている」
マリエットがテオドールに挨拶をすると、そんな言葉が返ってくる。
形だけの婚約のはずなのに、彼の言葉を聞いていると本当に婚約したと錯覚しそうだ。
婚約者同士に見えるように振舞うのは、明日からではなかったのか。
疑問が浮かぶが、廊下に出れば侍女達の目があることを思い出す。
粗が出ないようにと、マリエットはテオドールに合わせることにした。
「私も楽しみにしておりますわ」
「ありがとう。馬車まで見送るよ」
そう口にし、一足先に廊下に出るテオドール。
マリエットは彼の隣に並び、絶妙な距離を保ちつつ足を進めていく。
少しぎこちないものの、傍から見れば初々しく見える。
婚約してから何年も経つ仲なら色々な勘繰りを受けてしまうけれど、婚約したばかりのマリエット達なら自然のこと。
(まだ情報は出ていないはずなのに、周囲の視線が暖かい気がするわ……)
侍女達もマリエットとテオドールの関係を受け入れている様子だけれど、カミラだけは受け入れられないのか険しい表情を浮かべていた。
「気を付けて。明日の料理も楽しみにしている」
「ありがとうございます。明日も美味しいものを作りますわ」
テオドールの言葉に笑顔で返事をしてから馬車に乗り、王家の全員や侍従達に見送られながら王宮を発つ。
そして数分で公爵邸に着くと、今度は顔なじみの侍従達の出迎えを受けることになった。
「お帰りなさいませ。今日は活きの良い鶏が手に入りましたので、ご馳走になると料理長が申しておりました」
「ただいま戻りました。その鶏って余ったりしないかしら?」
食材の話を聞いて、表情を輝かせるマリエット。
どう考えても料理より食材に興味が向いている発言だが、執事は動じない。
「今回は二十羽ほど仕入れたので余るはずですが……半分は卵のために飼育するので、料理長に確認してから仕留めてください」
「分かったわ。ありがとう」
ものすごく良い笑顔で返事をするマリエットを見て、使用人達は一抹の不安を覚える。
「……こんなお嬢様で王太子殿下の婚約者が務まるのでしょうか?」
「……マリエットお嬢様なら上手く立ち回るはずです。問題ないでしょう」
「全部聞こえているのだけど……?」
(彼らが不安になるのも理解できるけれど、殿下は料理のことも織り込み済みなのよね)
そんなことを思いながら荷物を侍女に預け、玄関を飛び出していく。
生きている鶏の居場所は鳥小屋しか有り得ないから、足取りに迷いは無かった。
(鶏肉を使った料理……何にしようか迷うわ)
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