第16話 おれたちは『強化』だ

 瞳の赤い光を見た次の瞬間、おれの動かない左肩が熱を帯びた。錯覚か、と思ったが、その熱は急速に高まり、疑似痛覚が危険を知らせる感度をあっさり振り切る。反射的にミナトの胸ぐらを掴んだ手を放してしまった。




 ほぼ同時に、おれの左肩が燃え上がる。比喩ではなく、本当に炎が上がり、おれは慌てて床に転がってその火を消そうした。それでも炎は消えない。それどころか、逆の腕も、脚も、身体の至るところが、同じく熱を帯び始め、おれは身をよじって転げ回った。




「そこまでにしねえか、ガキども!」




 全身に宿った熱が突然消えた。燃え上がった左肩の炎すら消火された。聞き覚えのある野太い声と共に、見知った大柄が部屋の中に現れる。




「オヤジ、どうして!」



「てめえが頼りねえからだ、シミズ。それからな」




 おれたちを『強化ブーステッド』にした犯罪組織の長は、駆け寄って頭を下げるシミズを一蹴すると、おれたちの方に歩み寄った。




 と、そのままおれとミナトの間を通り過ぎていく。オヤジの足はその先、壁際で膝を抱えて震えている『取り立て』の対象だった若い男に向いていた。




「おれにでかい貸しを作ったやつの顔が最後に見たくなってなあ」




 そう言いながら、オヤジは背広スーツの懐に手を入れる。次にその手が抜き出されたときには、その手にまるで魔法のように大型リボルバー拳銃が現れている。




「待て、待ってくれ、オヤジ、逃げない、おれは逃げないから、働くから」




 それ以上男の言葉が続くことはなかった。一切の躊躇も間もなく男の頭部に照準ポイントされたリボルバーは、その大きさに比例する巨砲のような爆発音と共に弾丸を吐き出した。男の額より上、頭部のほぼ全てを炸裂させた弾丸は、対『強化』用の装甲弾と知れた。血と、血の代わりに男の頭に巡っていた皮下潤滑剤の真っ赤な液体が飛び散り、男が背を預けていた壁とその下の床に赤いシミを作った。




「一度逃げたやつの言葉を信じるほど、おれは人を信じちゃあいねえ」




 回収しろ、というシミズの声が聴こえ、おれと一緒に『取り立て』に来た『強化』たちが部屋に入ってくる気配があった。しかし、おれにその姿を見ることはできなかった。オヤジがおれの胸ぐらを掴み上げて無理矢理立ち上がらせ、額がぶつかるほどの距離に顔を寄せていたからだ。




「てめえはなにやってやがる?」




 オヤジからすれば、当然の問いだ。自分の手足として働かせるために金を賭けて『強化』したガキが二人、互いの機能を停止させんばかりの勢いで、本気で壊しあっていたのだ。




「おれたち『非強化アンブーステッド』は……人間は……」




 気管機能を抑えられた喉から、どうにかおれの声が漏れだした。オヤジの問いに答える回答を、完璧に用意できているわけではなかった。おれ自身、これほどミナトとやり合う明確な理由も義理も関係性も、持ってはいないはずなのだ。それなのに、身体は動いた。グレイの言葉に添って。




「しぶとく、強く、生き抜く……そのためには、『非強化』同士で傷つけあうことなど、あっては……」



「おれたちは『強化』だ。もう」




 答えたのは目の前のオヤジではなかった。オヤジの肩越しに血塗れで半壊してボロボロの顔をまっすぐおれを向けているミナトが見えた。




 その通りだ。畜生。




「……シミズ、ミナトとイブキを研究所ラボへ送れ。修理がすんだら再訓練だ」




 オヤジはそれ以上何も言わずに手を離した。おれの身体から力が抜けたのを感じ取ったのかもしれない。




 結局、おれが必死になっていた理由そのものが、既におれの足元にはなかったのだ。『強化』になった、人間を辞めたおれには。




「わかりました、オヤ……」




 オヤジの支えを失って、どうにか立っていたおれに、シミズが近づく。その言葉が不自然に途切れたので、顔を上げた。




 シミズの頭が、吹き飛んでいた。




 銃声は、遅れてきた。

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