第4話 ガキ
また一人、『
来た。
おれの顔に刻まれた笑みが深くなる。抑える気もなかったが、抑えられるものでもなかった。待ち望んだ瞬間。待ち望んだ暴力が、すぐそば、手を伸ばせば届くところにいた。
おれは引き金を引く指から力を抜いて、その存在に視線を向けた。低く構えた刀で脚を斬り裂いた姿勢から、黒いシルエットが幽鬼のように屹立する。おれにとっては、その正体が亡霊でも悪魔でも『
丈の長い、膝下まである黒いコートに包まれた体躯は細く、どうすれば『強化』の四肢を一太刀で切断することができるのかわからない。同じ色の髪は長く、腰までもあるが瑞々しい艶があり、倉庫の出入口から漏れ込む埠頭の明かりに、仄蒼い、暗い輝きを放っている。女、なのだろうか。乱れた長い髪の下、白い顔が僅かに見えた。
その瞬間。
重い音が、間近で響いた。
おれが襲撃者の顔をよく見ようと目を凝らした瞬間だった。その音とほとんど同時に、襲撃者の黒いシルエットが後方へ飛んだ。
何が、と思う前にまた轟音。さらに音は続いた。
おれが待ち望んだ影が、さらに後方へと下がっていく。何かを避けるように重心を左右に揺らしながら、退いていく。
何度目かの轟音は、おれのすぐ隣で叫びを上げた。
弾かれたように見たそこで、轟音を発していたのは、古臭い形をした散弾銃だった。
見ている間に、その骨董品の散弾銃から再び鉛弾が撒き散らされる。それは襲撃者に向けられていて……
「何やってんだ、お前!?」
この場では、その射撃は正しい。むしろ、そう叫んだおれの方が間違っている。だが、そう叫ばずにはいられなかった。
骨董品同然の銃火器を持っているのは、おれと同じ『
そのガキの表情には高揚感も切迫感もない。おれの声にも反応はせず、全くの無表情のまま引き金を引き、前に前に歩き続ける。
後ろへ下がっていく襲撃者を一定の距離で追い詰める散弾銃の弾丸。あれ程の猛威を振るった斬撃もなく、襲撃者はただただ下がっていく。なぜ、という疑問が浮かんだ時、その答えは稲妻のような速さでおれの頭を占める。相手が『非強化』だとわかっているから、手を出さないのだ。
シルエットが倉庫から出ていく。ガキの歩みは一定で、迷いがない。おれはただ、その歩みと、戸惑うように揺れ動く影を交互に見ていた。もうひとりいると思われる襲撃者の狙撃もなく、刀を握った黒いシルエットは、倉庫を出てすぐ目の前の港の岸壁に立った。
そのシルエットにまっすぐ向けて、砲声は何度目かの叫びを上げた。
退くこともできなくなった影が、その銃撃をまともに受けた。長い髪が帯を引き、海上に影が舞う。あ、っとおれが思った時には、おれは走り出していた。水飛沫の音が聞こえ、おれが岸壁に膝を付いて海面を覗き込んだ時、港湾地区の灯りに照らし出された暗い海面は、僅かな白波を伴ってゆらゆらと揺れるだけだった。
おれたちに明日はない。
……もしあるとすれば。
おれは揺れる海面から視線を上げた。散弾銃を片手に下げ、揺れる海面をただぼう、と眺めるガキの顔は、おれとさほど歳の変わらぬように見えた。
ただ、海面と同じ色とりどりの灯りに、疎らに照らされた顔、そこに輝く一対の瞳には、おれにはない、薄暗い、しかし明らかな力を宿した光があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます