茎わかめ殺人事件

泡依 ひかり

第1話 幻の茎わかめ

水ノ江遥斗みずのえ はるとは、いつもと同じように部屋の床に転がっていた。


イヤホンから流れているのは、8bitゲームサウンドをローファイにリミックスしたもの。

隣には、空になった茎わかめのパッケージが三つ、無造作に散らばっている。


「……また食べちまった」


ぽつりと呟く。

指先に残った塩気をなぞり、舐め取る。まぶたが自然と閉じる。うまい。あまりに、うまい。


あと何回、この味を楽しめるだろう――。

そんなことを考える自分は、きっと普通じゃない。けれど遥斗にとって、茎わかめはただの「おやつ」ではなかった。


食感。塩加減。ほんのり香る、海の匂い。

それらが絶妙に調和したとき、遥斗の脳内には“音”が鳴る。


――これは、音楽だ。


そう思う瞬間こそ、彼にとって至上の快感だった。


そのとき、スマホが短く音を立てた。


《食品研究会・春合宿 参加者募集中》

《テーマ:発酵と保存の世界 ~幻の茎わかめとともに~》


「……は?」


思わず上半身を起こす。

どうやら大学の掲示板を自動巡回している通知ボットが、これを拾ったらしい。

遥斗は画面を見つめ、無言で指を止めた。


“幻の茎わかめ”


その名前には、聞き覚えがあった。

たしか数年前、製造元が廃業して姿を消した伝説の逸品。

「硬すぎて歯が折れそう」「だがそれがいい」と、某掲示板では今もなお信者が語り継いでいる。


「参加費……2泊3日で1万円。場所は山梨の山荘。定員10名、少人数……?」


遥斗は、一瞬だけ迷った。

だが次の瞬間には、無言でエントリーフォームに名前を打ち込んでいた。

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