第13話 探偵のプライド

 調査の後に見るもの……か。

 確かにオーナーの言う通りだ。

 依頼人に調査報告が終われば依頼は終了。調査結果が依頼人にとって望む結果でなかったとしても、その先に僕たちが関わる事はない。

 

 ワンモア・フォー・ザ・ロード……もう一度、道が選べたなら……。


 受け止め方次第で変わってしまう事に、人の思いの不確かさが不安を呼び寄せる。

 それが信用するとか、信頼だとか、期待しているとか。

 依頼人の思いに賭けているようで、それが他人任せみたいにも感じてなんだか切なくなった。


 望む結果ではなかったって……。

 依頼人だけではなく、僕たち探偵にとっても言える事だと……そう思ったんだ。



 オーナーは静かな口調で話を続けた。 

「杜嵜 新はこのラウンジ・バーに来る事はない。彼にとって『ワンモア・フォー・ザ・ロード』は無いんだよ。特別な思いの余韻に浸る事もね……」

 僕は、自分がオーダーしたグラスを見つめながらオーナーに訊く。

「それって……探偵には戻らないって事? それとも、探偵であり続けるって事? その意味って……どっちにも取れるでしょ……?」

「そうだな……はっきりと言えるのは、それが彼にとってのプライドだって事だな」

「彼にとっての……プライド」

 オーナーの言葉を呟きながら、亮二さんが言った言葉を思い出す。


『主観しかなかったんだ……ただ、同じ探偵としての、いや……『探偵』のあるべき姿が何に傾くか……それは依頼人の要望なのか、事務所の体面なのか、自分のプライドなのか……あの時の俺は』


『探偵のあるべき姿が分からなくなっていた』


 僕がその言葉を思い出している事を亮二さんは気づいているのだろう、言葉の止まった僕の背中をポンと軽く叩いた。


 彼を振り向く僕に笑みが向けられる。

「ユウ……探偵のあるべき姿を作るのも、俺たち探偵だ」

「亮二さん……」

 僕と亮二さんの様子を微笑ましくも見ていたオーナーだったが、窓の外へと目線を流し、僕たちの目線を動かした。


 ああ……そうか。

 この席は、外の様子が分かる。

 伯羽はこの席で杜嵜 新を張っていたんだ。

 だけど何故、一人で……。

 だって奴は……。


『ウチはどんな依頼でも万全な対応で臨みますからね。調査員全員で』


 という事は、奴一人の問題って訳か……。



「亮二……もう話してもいい頃なんじゃないか」


 オーナーのその言葉に、どういう事なのかと亮二さんを振り向く。

 亮二さんは、ふっと笑みを漏らすとウォッカ・ギブソンを一口飲み、オーナーに答えた。

「大方、ユウには話したよ」

「そうか」

 そう答えてオーナーは、静かに二度頷きを見せた。

「話って……もしかして、九埜との事……?」

 そう訊く僕に、オーナーは再びその名を口にした。


「九埜 隼斗。探偵潰しの探偵……か」

「オーナー……それ……」

 何故、オーナーがそう口にしたのか、聞きたい事だった。

 僕の呟きに亮二さんが答える。


「俺が九埜を知ったのは、その時に受けていた不審人物の調査だったって話しただろ?」

「あ……うん」

 再びされる話がこの場である事を僕は不思議に思った。

 亮二さんは気づきを与えるようにもクスリと笑みを漏らす。

 その笑みがスイッチを押したみたいに、一気に頭の中で言葉が広がった。



『その当時、受けていた依頼は『不審人物の調査』だった。尾けられ、見張られている気がするってね』


 亮二さんのその言葉と、神崎 瑠衣のあの言葉……。


『私が探偵に依頼するように、何処かの誰かが探偵に依頼している。誰かに尾けられている気がしても、目に見える証拠がない限り抑えられない。例え抑えられたとしても、そこから先に踏み込むにもそれなりの証拠がいるのは、あなたたちも知っている事でしょう。法に触れていなければ忠告もそれまで……聞き入れるかどうかは当人次第よ』


 え……まさか……繋がってる……?


 驚きながらも答えが出た瞬間、神崎 瑠衣が初めて依頼に訪れた時の、彼女と亮二さんのやりとりが思い起こされた。


『まあ、なんにしたって依頼に来るというのは只事じゃない。だが、依頼に来る事で事を荒立てる事も出来る。あなたはどっちかな……?』

『さあ……? それは依頼を受けてくれるかどうかでも決まるんじゃない?』

 あの時の亮二さんは彼女を煽るような態度で、彼女は彼女で強気な態度を見せていた。

 人探しと言う割には、随分と余裕な態度だと、あの時、僕は思っていた。

 亮二さんが彼女の素性に詳しかったのも、元々彼女を知っていたからだったんだと気づいたら、彼女にしても亮二さんを知っていたから『katharsis』に来たんだと気づいた。



「もしかして、その時の依頼人って……神崎 瑠衣だったの……?」



「ああ、そうだよ」

 僕の問いにあっさりと答える亮二さん。

 それ……今、言う?


 ああ……だけど。

 だからあの時、僕にあんな言い方をしたのか……。


『ここに彼女が来る事は南条 幸一も知っていたって事? 彼は彼女が自分を探すだろうと思っていたから、それを阻む為に彼女が依頼に来そうな探偵事務所の探偵に……だからあのタイミングで亮二さん、あの場に顔を出したんだろ?』

『南条 幸一も? 『も』って何?』

『何って……亮二さんは知っていただろ』

『ああ、知っていたよ。だけど『も』じゃない』



『数ある探偵事務所の中からピンポイントでここ? へえ? 凄い偶然だな?』



 僕は、がっくりと肩を落とし、大きな溜息をついた。

「どうした? ユウ」

 僕の様子を楽しげに見る亮二さんに、僕は少し不機嫌に言葉を返す。

「なんでそういう事……僕に言ってくれないの……」

「お前がちゃんと調査してたら、気づいた事だと思うけど?」

 ニヤリと向ける亮二さんの笑みに、僕はまた溜息をつく。


「だから……この依頼の最初、僕と組まなかったんだね……」

「お前、挑戦的にも言ってただろ。俺の口を割る事が出来ればってね?」

「言ったけど、あの時点ではそういう事じゃなかっただろ。そうは言ったって、どう訊いたって亮二さん、話してくれなかったじゃないか」

「話しただろ、結果的に」

「どうせ話してくれるなら最初から言ってくれたって……」

「それじゃあ、お前、頼ってばかりで考えないだろ」

「はは……やっぱ……僕、試されてたんだね……」

 もう……溜息しか出ない。


 僕と亮二さんの会話を微笑ましくも見ていたオーナーが、ゆっくりと口を開いた。


「探偵を辞めて再び探偵に戻ったのは九埜 隼斗も同じだ。だからこその……」



 続けられたオーナーの言葉に、亮二さんは深く頷いた。


「探偵のプライドがあるんだろう」

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