第10話 尾行の尾行

「亮二さん……前に杜嵜を探してたって言ってただろ。杜嵜も亮二さんを探してたって……それってやっぱり」

「九埜の情報を得る為だよ」

「……そう……だよね」

 はっきりと答えた亮二さんに僕は、自分から訊いておいてどう答えたらいいのか言葉に迷ってしまった。

 正直、亮二さんと杜嵜のあの距離感が気になっている。

 亮二さんが抱えているものを杜嵜程に共感出来るか、亮二さんが僕に話しても亮二さんは僕に理解を求めはしないだろう。

 それは別に僕がどうだとか、という事ではなく、経験者だからこその共感が互いの距離を一気に縮められるからだ。


 なんだか……少し遠く感じてしまう。


 歩き続ける僕たちは、式場ホテルの正面入り口が遠目にも見える、ポケットパーク辺りを張り込み位置に落ち着いた。

 時間は十一時を回ったところで、ポケットパークに人の姿はない。

 淳史さんは近辺の交通手段を探り、瞭良さんと杜嵜は僕たちと逆方向にいるようだ。

 伯羽の動向を探るというのは聞いていたが、伯羽のあの様子ではまだ出ては来ないだろう。

 長い夜になりそうだ。

 それでも、張り込みに苦痛を感じている訳じゃない。これからが本番だと気が引き締まる。

 眠気は感じはしないが、終わった後に一気に来るあの怠さにはやっぱ慣れないなあ……。


 距離感……か。

 それは九埜と伯羽にも言える事なのだろう。

 九埜が伯羽を必要としたのか、伯羽が九埜を必要としたのかは定かではないが、どっちにしてもあの二人の繋がりは目的の一致にあると思える。

 それを思えば、亮二さんの理解者が杜嵜であるという事に、やはり不安は拭えない。

 亮二さんや杜嵜を疑う訳ではないが、僕や淳史さんが思うよりも九埜に対しての二人の思いは強いはずだ。そしてそれは同じように九埜にしてもあるのだろう。



 会話が途切れたが、張り込み中にあれこれ話し掛けるのも……と、それ以上訊きもしなかったが、亮二さんの溜息に目線を動かした。

 亮二さんは、目線は式場ホテルに向けたまま、静かに口を開いた。

「当時、九埜のパートナーだった緋色に、俺は会った事はなかった。だけど、話には聞いていたんだよ。依頼成功率ほぼ100%の探偵ってね……」

「なに……それ……依頼成功率がほぼ100%って……」

 怪訝な表情をする僕をちらりと見て、亮二さんはふっと笑みを漏らす。


「ユウもやっぱりそう思うだろ?」


「まあ……ね。だってそれって主張だろ。僕が思うに杜嵜はアピールするタイプじゃない。じゃあ、それは誰が主張してんのって話じゃん……正直、事務所がそれを掲げてたらヤバイだろ……例えそうだとしても、実績、経験を統計的にアピールする方が枠に嵌る。信用が大事だからこそ、誇大に見えるアピールはしない。そもそも探偵事務所が、じゃなくて探偵って……個人を限定するのは、僕たちにとっては不都合だろ。公然調査って訳にいかないんだから。それこそ守秘義務から外れるよ。自分が目立ってどうすんの……」


「はは。そうだな。だからこそって訳だろ。有名な探偵なんて、調査の障壁にしかならない。俺たちは依頼人を相手に物語を作っている訳じゃないからな。主役が誰かって話なんだよ。探偵じゃないだろ。俺たち探偵が証拠を掴むには対象の動向を探る事だが、そこに絡む人物との関係や内容、それは契約書に定めた調査期間内において調査する。例え依頼人が望む結果にならなかったとしても、依頼人が延長を望めば続行するが、望まなければ当然、そこで依頼終了だ。調査期間内に対象の動向に不審がなければ結果報告は」


 ちらりと目線を僕に向ける亮二さんは、僕に答えを求めている。

 僕は、即座に答えを返した。

「『事実なし』」

「そういう事」

 ふっと儚げにも静かに笑みを漏らす亮二さん。僕は困ったように溜息をつく。

「そんな顔するなよ、ユウ」

「だってさ……」

 書面上での依頼成功……そんな言葉が頭に付いて、気分がモヤモヤする。

 契約プランは成功報酬型に限らない。現に僕たち『katharsis』は成功報酬型だけではなく、時間型、調査内容によるパッケージ型と、依頼人の要望で決める事が出来るし、依頼人の要望がなんであるかでプランを提供する事もある。

 だけど……。


「分かってるよ、ユウ。依頼人と対象者の足止めが依頼終了に繋がる。それは探偵にとっても同じ事だけどな。だが、重要なのは調査目的と条件だ」

 僕が思った事は亮二さんが言った通りの事だ。

「うん……分かってる」


 声のトーンが落ちた僕に、今度は亮二さんが困ったような顔をする。亮二さんは溜息をつくと、静かな口調で口を開いた。

「瞭良が言ってただろ……依頼人を守るってのは理解出来るが、警護というには違いがある。だが……」

 言葉が止まり、亮二さんの足が歩を踏み出す。

「亮二さん?」

 亮二さんが動き出すと同時にインカムから情報が入った。

 杜嵜からだ。

 僕は亮二さんの後を追いながら、杜嵜の言葉を聞く。


 [出て来るよ]


 出て来る……?

 ホテルの正面入り口方向に目を向けているが、伯羽が出て来た様子はないようだが……。

 だけど、確かに出て来た人物がいる。

 五十代後半くらいの男性……その人物を言っているのか……? でも……なんで……。

 ホテルに向かうようにも歩を進める僕たち。

 少しして亮二さんが僕に制止するように手を向け、出て来た人物から距離を置くと合図する。

 僕は頷くが、疑問は同時に納得に変わった。


 ……伯羽。


 ホテルから出て来た人物の後を追うようにも伯羽が出て来た。

 だが、その人物を追い掛けているのは、その人物に用があるから声を掛けるというより。


 ……尾行している。



『聞いてはいるが、そのホテルのバー……』

『オーナー……何か気になる事でもあるの……?』

『ラウンジ・バーの他に、このホテルにはもう一つのバーが最上階にあるんだよ』


 オーナーとの会話を思い出す僕は、ホテルの最上階へと目を向けた。

 会員制のオーセンティック・バー。年齢層はおそらく、四、五十代……。

 そこにいた人物を伯羽は尾けているのか……?


 僕たちは距離を置き、尾行している伯羽を尾行する。

 再び杜嵜から情報が入った。


 [伯羽が尾けている男性、伯羽が乗っ取った事務所の代表の……]


 ……そういう事だったのか。


 僕は、探偵になって年数は浅い。今ある探偵事務所を全て把握している訳もなく、廃業した事務所は何かに繋がらない限り耳に入らない。

 探偵になるまで探偵事務所を知る事もなかった。



 [杜嵜 あらた。俺と……神崎 瑠衣、姉の父親だ]

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