第8話 共感の出来る距離

 九埜のいる事務所トップ……やはり、か。 


 僕たちが気づいたように、相手も僕たちに気づいていたかもしれない。

 だけど、亮二さんはそれも想定内の事だろう。だからあのタイミングでバーを出た。


 相手が気づいたとして、対面した事のある四人が常時出入りしているバーに来てるとなれば、相手が勘繰らない訳もない。

 僕たちは今日初めての来店で、今まであのバーで姿を見掛けた事はないのだから疑問は浮かぶ。

 追い詰める、とまでには至らないが揺さぶりを掛けるには十分だ。



「亮二さんの事っスから、もう調べはついてるんでしょ? あのトップ、誰っスか」

伯羽はくば探偵社代表、伯羽 伊頼いより。年齢は三十五」

「え? 伊頼っスか?」

「ああ、伊頼」

「探偵の伊頼……っスか……」

 うーんと唸る瞭良さんに、亮二さんが少し呆れた顔を見せる。

「瞭良……お前の思っている事はここにいる誰もが想像出来ているけどな……同時に疑いも出てるぞ」

 亮二さんの的中に僕は苦笑を漏らした。

 まあ……確かにそうなんだけど……。

 だって、そんな単純な事って……本当にある……?


 杜嵜が以前所属していた事務所の代表は、伊織 悠真だ。

 伊織と伊頼……って。

 確かに聞き間違いはありそうだけど……そんな賭けのような曖昧なやり口でうまくいく訳が……。

 呆れる程に低レベル過ぎるだろ……。



「そうは言ったって一瞬とはいえ、みんなそう思ったんじゃないスか。だったらそんな顔しないで下さいよお。俺が単純みたいじゃないっスか。だけど、単純だからこそ明快なんスからね? だけど、それが事実なら……じゃあ……杜嵜って」

 なにやら考え込む瞭良さんに、亮二さんがニヤリと笑みを見せて言う。

「それは本人から聞いてみればいいだろ」

「は? 亮二さん、なに言ってんスか、答えてくれる訳ないでしょ。言ったじゃないっスか、訊いても何も答えな……」

 瞭良さんの言葉が止まり、同時に目線も止まった。

 僕たちは、瞭良さんの目線を追う。

 あ……。

 僕たちの方へとやって来る人の姿を捉えた。



「あ……はは。杜嵜 緋色……なんでいんの……銀髪……目立ってるし……全然隠れてないし」

 瞭良さんの顔が引き攣っている。

 僕たちのいる向こう側から、杜嵜がこっちへと歩いて来ている。

 日中、僕は事務所で再度、ホテルのバーを調べていたが、亮二さんと淳史さんは外に出ていた。

 その時、杜嵜と連絡を取り合っていた事を僕は伝えられていた。

 どうやら杜嵜は、九埜の事務所のトップ、伯羽 伊頼を張っていたようだ。

「ああ、俺が呼んだんだよ」

 さらりと言う亮二さんを見る、瞭良さんの表情が更に引き攣った。


「亮二さん……一体、いつっスか、それ」

 そうは答えても、瞭良さんは察していた事だろう。

「お前の思っている通り、今日だよ」

 そしてそれを亮二さんは見抜いている。

「調査に出るって言っただろ?」

「まさか……亮二さん……」

 そう言いながら瞭良さんは、引き攣ったままの表情でホテルの方向を指差した。

「だから……今夜絶対来るって……知ってたんスね……?」

「その通り」

 にんまりと笑みを見せる亮二さん。瞭良さんは、嘘でしょうとがっくりと頭を垂れた。

 瞭良さんに追い討ちを掛けるようにも亮二さんは言う。


「と、言う訳で、今から『張り込み』、な?」


 僕たちは頷くとインカムを装着する。

 離れて動いても互いの状況を把握する為だ。

「と、言う訳って、どういう訳っスか……なんか、俺だけ出し抜かれてません?」

「なに言ってんだ、こうやって緋色と合流しているんだから、入ってんだろ」

「はいはい。分かりましたよ。そういう事にしておきますよ」

 瞭良さんは、渋々といった感じではあったが、張り込み自体は納得しているようだ。インカムを着け、杜嵜が僕たちに合流するのを待った。



 僕たちに合流すると同時に、杜嵜の報告が入る。

「警戒されてはいないようだね。ホテル周辺を見て回ったけど、伯羽のところの奴らは見掛けなかったよ。どうやら待ち合わせしている相手もなく、伯羽一人みたいだ」

 僕たちがバーで飲んでいる時に、一人で調べていたのか……。

 亮二さんは、クスリと笑みを漏らすと杜嵜に答える。

「流石、行動が早いねえ?」

「まあね」

 亮二さんと杜嵜が、笑みを交わしながら話をする様を見ていて思う。

 なんだか……。


 僕の表情の変化に淳史さんが気づく。

「どうした、ユウ?」

「いや……なんだか亮二さん……杜嵜とずっと前から面識あるような感じだよね……?」

 そういえば……亮二さんは彼を緋色と呼んでいるな……。

 杜嵜と対面したのは、圭介さんのバーに彼が来た時だけかと思っていたが……。

 あの後、亮二さんは杜嵜を緋色と呼んでいる。

「そう思うのは?」

「杜嵜との距離感が誰よりも近い気がする」

「まあ、面識はあったといえばあっただろうな。同業者だし、伊織さんの探偵事務所閉鎖の話は耳に入ってきてたからな、その時から亮二はある程度、調べていたしな」

「詳しかったもんね、亮二さん。まあ……それは分かるんだけど……」

「なんだ? 浮かない顔だな。気掛かりな事でもあるのか」

「うん……あるっていうか……なんか……ね」


 僕の抱えた不安は、亮二さんにとってはなんでもない事かもしれない。そんな事、少しも思っていないかもしれない。

 余計な心配だと笑い飛ばされるかもしれない。

 だけど……。

 嫌な予感だ。



「ユウ……お前が気にしている事は俺にも分かってるよ。俺にも思うところはある。あの時の……亮二のあんな姿は二度と見たくないけどな……そうさせない事に繋がっているとしても、な……」

「……淳史さん」

 あの時の……姿……。

 淳史さんは、その目で見てきたんだ。亮二さんに何があったのかを……。


 淳史さんの言葉を思い出す。

『明らかだったんだよ、俺が知りたかった事そのものが、亮二の行動でな。自分に何があったのかを見せるようだった。あいつの酒の飲み方は、ね……』

『本人が抱えてるものって、良きも悪きも純粋だって事だ』


「だから分かってる。お前が抱えた不安が……」

 淳史さんは、ふうっと息をつくと僕にこう言った。



「杜嵜と亮二の目的が一致している事が……今の二人の距離感だって事がな」



 様々な思いが入り混じる。

 何が良くて、何が悪いのか。

 何を正しいと思えたのか。

 亮二さんを信じていない訳じゃない。


 だけど……。


『ユウ……殺したいと思う程、人を憎んだ事、ある?』


 僕が答えられなかったあの問いを。



 僕の目線に気づく杜嵜が、穏やかにもふっと笑みを見せた。



 ……杜嵜は答えられるのだろう。

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