第8話 共感の出来る距離
九埜のいる事務所トップ……やはり、か。
僕たちが気づいたように、相手も僕たちに気づいていたかもしれない。
だけど、亮二さんはそれも想定内の事だろう。だからあのタイミングでバーを出た。
相手が気づいたとして、対面した事のある四人が常時出入りしているバーに来てるとなれば、相手が勘繰らない訳もない。
僕たちは今日初めての来店で、今まであのバーで姿を見掛けた事はないのだから疑問は浮かぶ。
追い詰める、とまでには至らないが揺さぶりを掛けるには十分だ。
「亮二さんの事っスから、もう調べはついてるんでしょ? あのトップ、誰っスか」
「
「え? 伊頼っスか?」
「ああ、伊頼」
「探偵の伊頼……っスか……」
うーんと唸る瞭良さんに、亮二さんが少し呆れた顔を見せる。
「瞭良……お前の思っている事はここにいる誰もが想像出来ているけどな……同時に疑いも出てるぞ」
亮二さんの的中に僕は苦笑を漏らした。
まあ……確かにそうなんだけど……。
だって、そんな単純な事って……本当にある……?
杜嵜が以前所属していた事務所の代表は、伊織 悠真だ。
伊織と伊頼……って。
確かに聞き間違いはありそうだけど……そんな賭けのような曖昧なやり口でうまくいく訳が……。
呆れる程に低レベル過ぎるだろ……。
「そうは言ったって一瞬とはいえ、みんなそう思ったんじゃないスか。だったらそんな顔しないで下さいよお。俺が単純みたいじゃないっスか。だけど、単純だからこそ明快なんスからね? だけど、それが事実なら……じゃあ……杜嵜って」
なにやら考え込む瞭良さんに、亮二さんがニヤリと笑みを見せて言う。
「それは本人から聞いてみればいいだろ」
「は? 亮二さん、なに言ってんスか、答えてくれる訳ないでしょ。言ったじゃないっスか、訊いても何も答えな……」
瞭良さんの言葉が止まり、同時に目線も止まった。
僕たちは、瞭良さんの目線を追う。
あ……。
僕たちの方へとやって来る人の姿を捉えた。
「あ……はは。杜嵜 緋色……なんでいんの……銀髪……目立ってるし……全然隠れてないし」
瞭良さんの顔が引き攣っている。
僕たちのいる向こう側から、杜嵜がこっちへと歩いて来ている。
日中、僕は事務所で再度、ホテルのバーを調べていたが、亮二さんと淳史さんは外に出ていた。
その時、杜嵜と連絡を取り合っていた事を僕は伝えられていた。
どうやら杜嵜は、九埜の事務所のトップ、伯羽 伊頼を張っていたようだ。
「ああ、俺が呼んだんだよ」
さらりと言う亮二さんを見る、瞭良さんの表情が更に引き攣った。
「亮二さん……一体、いつっスか、それ」
そうは答えても、瞭良さんは察していた事だろう。
「お前の思っている通り、今日だよ」
そしてそれを亮二さんは見抜いている。
「調査に出るって言っただろ?」
「まさか……亮二さん……」
そう言いながら瞭良さんは、引き攣ったままの表情でホテルの方向を指差した。
「だから……今夜絶対来るって……知ってたんスね……?」
「その通り」
にんまりと笑みを見せる亮二さん。瞭良さんは、嘘でしょうとがっくりと頭を垂れた。
瞭良さんに追い討ちを掛けるようにも亮二さんは言う。
「と、言う訳で、今から『張り込み』、な?」
僕たちは頷くとインカムを装着する。
離れて動いても互いの状況を把握する為だ。
「と、言う訳って、どういう訳っスか……なんか、俺だけ出し抜かれてません?」
「なに言ってんだ、こうやって緋色と合流しているんだから、入ってんだろ」
「はいはい。分かりましたよ。そういう事にしておきますよ」
瞭良さんは、渋々といった感じではあったが、張り込み自体は納得しているようだ。インカムを着け、杜嵜が僕たちに合流するのを待った。
僕たちに合流すると同時に、杜嵜の報告が入る。
「警戒されてはいないようだね。ホテル周辺を見て回ったけど、伯羽のところの奴らは見掛けなかったよ。どうやら待ち合わせしている相手もなく、伯羽一人みたいだ」
僕たちがバーで飲んでいる時に、一人で調べていたのか……。
亮二さんは、クスリと笑みを漏らすと杜嵜に答える。
「流石、行動が早いねえ?」
「まあね」
亮二さんと杜嵜が、笑みを交わしながら話をする様を見ていて思う。
なんだか……。
僕の表情の変化に淳史さんが気づく。
「どうした、ユウ?」
「いや……なんだか亮二さん……杜嵜とずっと前から面識あるような感じだよね……?」
そういえば……亮二さんは彼を緋色と呼んでいるな……。
杜嵜と対面したのは、圭介さんのバーに彼が来た時だけかと思っていたが……。
あの後、亮二さんは杜嵜を緋色と呼んでいる。
「そう思うのは?」
「杜嵜との距離感が誰よりも近い気がする」
「まあ、面識はあったといえばあっただろうな。同業者だし、伊織さんの探偵事務所閉鎖の話は耳に入ってきてたからな、その時から亮二はある程度、調べていたしな」
「詳しかったもんね、亮二さん。まあ……それは分かるんだけど……」
「なんだ? 浮かない顔だな。気掛かりな事でもあるのか」
「うん……あるっていうか……なんか……ね」
僕の抱えた不安は、亮二さんにとってはなんでもない事かもしれない。そんな事、少しも思っていないかもしれない。
余計な心配だと笑い飛ばされるかもしれない。
だけど……。
嫌な予感だ。
「ユウ……お前が気にしている事は俺にも分かってるよ。俺にも思うところはある。あの時の……亮二のあんな姿は二度と見たくないけどな……そうさせない事に繋がっているとしても、な……」
「……淳史さん」
あの時の……姿……。
淳史さんは、その目で見てきたんだ。亮二さんに何があったのかを……。
淳史さんの言葉を思い出す。
『明らかだったんだよ、俺が知りたかった事そのものが、亮二の行動でな。自分に何があったのかを見せるようだった。あいつの酒の飲み方は、ね……』
『本人が抱えてるものって、良きも悪きも純粋だって事だ』
「だから分かってる。お前が抱えた不安が……」
淳史さんは、ふうっと息をつくと僕にこう言った。
「杜嵜と亮二の目的が一致している事が……今の二人の距離感だって事がな」
様々な思いが入り混じる。
何が良くて、何が悪いのか。
何を正しいと思えたのか。
亮二さんを信じていない訳じゃない。
だけど……。
『ユウ……殺したいと思う程、人を憎んだ事、ある?』
僕が答えられなかったあの問いを。
僕の目線に気づく杜嵜が、穏やかにもふっと笑みを見せた。
……杜嵜は答えられるのだろう。
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