第二章 悲劇を喜劇に

第1話 ハードドランカー

 その日は休日だった。


 日中は寝たり起きたりとゴロゴロしていたが、頭の中に浮かぶのは亮二さんの事だった。

 話してくれた亮二さんの過去。


 淳史さんが言った言葉を思い出す。


『尾行しているのが『探偵』だって事に亮二は気づいていた』


 だから……だったんだ。


 探偵である為に探偵を続ける事を決心出来たのは、淳史さんにあった事も話してくれた。

 僕にとって亮二さんがそうであったように……。



 一人、家にいても、自分の問いに自分で答えるだけになる事が余計な思考にしかならないと、僕は外へと出た。

 少し肌寒くなってきた季節の日暮れは早い。

 十七時か……。

 目的もなく外に出たが、進める歩に迷いはない。


 まるで……。


「こんばんは。圭介さん」

「仕事、終わったのかい? 今日は早いね、ユウ」

「今日は僕、休みだったから」

「そうか」


 圭介さんのいる店の方がホッと気を置ける自分の家みたいだ。



「ユウ。休みのところ悪いんだけど、今夜、ヘルプに入ってくれないかな」

「別に構わないけど、なにかあるの?」

「いや……ちょっと気になるお客さんがね……」

 圭介さんにしては珍しいな……。

 客を見ない訳ではないが、例え気になっていたとしてもそんな話をする事はない。

「分かった。じゃあ、ちょっと奥の部屋、借りるね。着替えてくる」

「悪いね、ユウ。助かるよ」

「大丈夫。いつも場所貸して貰ってるし」

 僕は奥にある部屋へと向かい、着替え始めた。


 着替えを終えてカウンターの中へ入ると、圭介さんに訊く。

「気になる客って、どんなふうに?」

「うーん……オーダーの仕方がね……変わっているんだよ」

「オーダーの仕方?」

「まあ……それだけで、別に難癖つけてくる訳じゃないんだけどね……黙って飲んで、黙って帰って行くし。だけど、ユウなら気づくと思うよ」

「うん……分かった」

「もしかしたら、なんて言うのもどうかとは思うんだけど、なにか伝えたい事がある気がしてね」

「伝えたい事……」


 二十時を回ったあたりから客の数が増えてきた。

 圭介さんと二人、客のオーダーに対応する。

 比較的、テーブル席につく客が多い中、カウンター席に座った客のオーダーに顔を向けた。


「『アブ・ジン・スキー』を」


 え……。

 アブ・ジン・スキーだって……?


 圭介さんが応対してと僕の背中にトンと軽く触れる。

 この男の事だったのか。


 僕は男の前に立った。

 僕の事は分かっているのだろう。

 ニヤリと口元を歪めて見せる笑みに思惑が伝わってくる。

 僕は、平然を装う。

「かしこまりました」


 そう答えた僕に男は、またニヤリと笑って呟くように言った。

「へえ……? 分かるんだ」


 そう言って向ける探るような目線を、僕はさらりと笑みで返し、材料を準備する。


 なにか伝えたい事があるような……か。

 圭介さんの勘は当たっていた。


 この男……。


 九埜 隼斗だ。


 シェーカーを振る僕を興味深そうな目で見ている。

 僕は、シェーカーのトップを開け、カクテルグラスに注ぎ、九埜の前に置く。


「どうぞ。『』です」


 アブ・ジン・スキー。


 それはアブサン、ジン、ウイスキーの事だ。

 アースクェークはこの材料を使っているだけにハードなカクテルで、アブ・ジン・スキーはアースクェークの別名でもある。

 地を揺るがすという意味を持っているカクテルだ。


 アブサン……か。

 九埜はグラスを手に取ると、一気に飲み干した。

 そして、グラスをカウンターに戻し、僕をじっと見る。

 僕は僕で、その目線から目を逸らす事なく、九埜に言う。


「お次は何を飲まれますか。お好みがございましたらなんなりと」

 勝負するベクトルが違うと分かっているが、僕は挑戦的にも九埜にそう言った。

 九埜にしても、アブ・ジン・スキーとオーダーした事は、僕に対しての皮肉があるだろう。

 そう感じただけについ、意地になる。

「そうだな……」

 考えるような仕草を見せるが、自分が答える言葉に僕の考えが一致している事を察して言っているのが伝わってくる。


「アブサンとジンが好みかな。特にアブサンは度数が高いものがいい」


 アブサンとジン……。それもアブサンは度数の高いもの、か。

 ウイスキーも混ぜている強い酒を軽く飲んだ。

 アブサンのアルコール度数は四十度程度のものから九十度程度のものまで幅広くある。



『元々は薬草系リキュールのアブサンが中毒を引き起こす事から禁止になり、アブサンに似せて造られたのがこのパスティスという訳なんだ』


 だけど……。

 今もアブサンはある。

 害のない基準値が定められ、今あるアブサンは中毒を引き起こす事はない。

 アースクェークに使ったアブサンのボトルに目を向けた。

 アブサンの後継と言われるペルノ・アブサン。アルコール度数は六十八度だ。



 九埜はカウンターに両腕を重ねて乗せ、ニヤリと挑戦的な目を向けながら言った。

「ねえ……『katharsis』の探偵サン。俺が誰だか分かってるんだろ。そして……なにをやってきたか……ってね……?」


 彼の言葉は他者に言動を委ねている。それが自身を形作る、彼に対しての『調査結果』だ。

 その正否は当人である九埜か、九埜を見ている僕か。


 九埜の探るような目線に僕は目線を外し、溜息をついた。


 何が正しいか。

 何を正しいと決めたのか。


 伏せた顔を上げ、九埜を見て僕は口を開く。

「分からないよ。まだ……何もね」

「へえ……? 安易に情報を鵜呑みにしないって事? その情報が仲間内から得た情報であっても。だけどそれって、連んでいる意味、あるの?」

「それ……誰の事を言ってるの?」

 互いに目線を動かさずに相手を捉え、言葉は返さないが、口元に笑みを浮かべている。

 僕は、シェーカーに材料を入れ始め、九埜のオーダーに応える事にした。


 シェーカーを振る僕に、期待するような目を向ける九埜。



 シェーカーのトップを開けると、カクテルグラスに注ぎながら九埜に言う。

「調査中のトラブルは意外と騒ぎにならない……それは依頼人の不利益に繋がる事だ。違法だとしても、それを訴える状況にない。依頼人は口を噤み、立証が出来ない。契約解除になったなら、それ以上、首を突っ込む事は厄介ごとだ。事務所にしたってわざわざ火の中に飛び込むような事、したくないだろ。探偵が探偵を調査……お互い、調査のノウハウは持っているんだ。ギリギリのラインで擦り抜けられるって事だろ。そして追う側もそれが分かる」


 僕は、グラスを九埜の前に置いた。


「どうぞ」


 好み通り、アブサンとジンを使ったカクテルだ。

 この意味をどう捉えるか。



「『ノックアウト』です」

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