第18話 トラブルシューティング
その日の夜。瞭良さんの口利きで、南条の弁護士と会う事になった。
瞭良さんも同行するという事で、僕と淳史さんは指定された場所で待っていた。
待ち合わせの時間は二十時。
訪問するには遅い時間だが……。
「ねえ……淳史さん」
「なんだ?」
「書類が隠されていたあの時、瞭良さんの他に誰か来ていた事に気づいてたんだろ?」
「うーん……目は閉じてたからな。ドアの開閉音と足音で二人来てたのは分かったけど、初めは瞭良のボスかと思ってた。圭介さんと瞭良の話で違うと分かったのが正直なところ。そもそも、人物特定まで行き着いてなかったからな……」
淳史さんは、言いながら何か考え込んでいるようだった。
「なにか気になる事でもあるの?」
「杜嵜 緋色。あいつの動きはかなりのもんだよ。あいつが現れた時、ソファーで横になって寝てたからな、角度的に姿を捉える事が出来ない。姿を捉えようと動けば寝てない事に気づかれるだろ。杜嵜は俺たちが寝てようが寝てまいが、身動きしないと踏んでいた。角度的にも無理がある事も、自分の存在に辿り着いていない事も計算済みだ。なにより手際がいい。あの時もそうだ。撒かれたって言っただろ?」
「うん」
「逃げ道を急いでいる訳じゃない。死角を突いてるんだよ。人の視界の死角をね」
「無駄に体力を使わないって事か……だけどそんな事、簡単に出来ないよね……あちこち見回されたらその度に死角は変わるでしょ」
「だから影に出来るものを把握してる。建物でも人でも、その場で瞬時にね。そして思い込みを利用してるんだ。こっちに行ったから隠れるとすればあっち、みたいな。そう考えたと同時に目線が向いてんだよ、人間って。それが分かり易い死角を作る」
「それって……裏を掻かれてるって事だよね」
「まあな。だが、忘れんなよ、ユウ」
淳史さんとの会話する中で、杜嵜の状況が分かった気がした。
「そのやり方が、どっち側に傾くかって事」
淳史さんの言葉を納得出来てしまう僕は、深い溜息をついた。
僕が考える時間を作るように、淳史さんは口を閉じる。
少しの沈黙の後、僕は淳史さんに答えた。
「才能も使い方によっては違法に傾く……引き金を引いていたのは自分だった事に気づいた、彼のその言葉には故意ではなかった事が窺える。適任者だったんだよ……責任の所在を追及するには……ね」
僕の言葉に淳史さんは、そうだと静かに二度頷いた。
「調査中のトラブルは意外と騒ぎにならない……瞭良が言ったその言葉の意味、今ならよく分かるだろ」
「公に出来ない秘密があるからだろ……騒ぎに出来ないんだ」
「そういう事だ。だが、その秘密を握られた事実は変える事は出来ない」
「だからその秘密が証拠として通用する場を潰したって事なんだろ……」
溜息……だ。
淳史さんが言った言葉が強く頭の中で響く。
『本人が抱えてるものって、良きも悪きも純粋だって事だ』
「スンマセン、待たせてしまったようで」
瞭良さんが合流する。
「いや、俺たち少し早めに来たからな。時間通りだよ。だけど、ここはなんだ? 弁護士先生が住んでいるような景観じゃないな」
それは僕も感じていた。
住宅は建ち並んではいるが、灯りのついているところが殆どない。中には廃墟になった建物もあるくらいだ。
街灯もなく、月明かりだけがこの場所の存在を浮き上がらせている。
人の気配をあまり感じない。現に淳史さんと道端で会話をしていた中、僕たちは誰一人として擦れ違っていなかった。
廃墟になった土地には不法投棄とも思える様で、家電や家具が捨て置かれていた。
「淳史先輩が既に気づいている通り、弁護士先生はここには住んでいませんよ。ここに来て貰ったのは、先生と会う前に見ておいて欲しいと。これは弁護士先生から言われた事です」
「だったら初めからそう言っておけよ、瞭良。別に俺たちは拒否したりしねえし」
「拒否とかの問題じゃないですよ、淳史先輩。この場所を説明したら」
「分かってるよ。先入観で憶測が生まれる、だろ? だから住所だけを伝えた」
ニヤリと口元を歪ませて笑みを見せる淳史さんに、瞭良さんは苦笑する。
「まあ……住所を聞いて淳史先輩がここを既に知っていたなら、それも無駄なんですけどね……拒否したりって……知ってんじゃないスか、やっぱ」
「知らないと思ってる方がナメてんだろ」
「はは……淳史先輩を怒らせたらヤバいって事、忘れてた」
「だったら正直に答えた方がいい。俺たちが早めに来たとはいえ、時間通りに来るとは、ね?」
淳史さんの探るような目の動きに、瞭良さんは観念したようだ。
「そりゃそうですよ……
淳史さんは、呆れたようにも溜息をつくと、僕に目線を向けた。
「ユウ。そういう事だ」
「……どういう事?」
そう訊きながらも、その意味は雰囲気で感じている。
人の気配など感じなかったこの場所に、複数の足音が近づいて来る。
「淳史先輩……」
瞭良さんは、背後から近づく足音に振り向かず、僕と淳史さんはその足音の姿をじっと見つめた。
「瞭良……お前。覚悟は出来てるんだろうな?」
「はは……何を今更……そうじゃなかったら、いくら言われたとはいえ、こんなところを指定しませんよ。出来れば遠くで眺めていたかったですね」
近づいて来た数人の男たちが瞭良さんの背後近くでピタリと足を止めた。
その瞬間。
瞭良さんは、上着を背後へと勢いよく脱ぎ捨てた。
男たちの視界を上着が遮り、その隙に瞭良さんは僕たちに並んだ。
「ユウ。少し下がっていてくれ」
「ユウくん、悪いけど、ここは俺が淳史さんと組んだ方が都合がいい」
口を開く間も与えず、二人は僕を背後に回し、男たちと向かい合う。
「だから言ったでしょ。長くいたくない場所だって」
「それにしては随分と早いご到着だがな。調査中のトラブルは騒ぎにならないんだったよな?」
「はは。それがいいか悪いかはさておき、冗談抜きで無法地帯っスよ、ここ」
「なにが無法地帯だ。法治国家にそんなもんが許される訳ねえだろ」
「じゃあ、どう説明すんですか。法を説いたところで通用すると思ってます?」
「思ってねえよ」
これ……かなりマズイ状況じゃ……。
このままでいい訳がないと僕は亮二さんに電話を掛け始めた。
「意見は合ってると思っていいか?」
「当然でしょ。一度は組んだ仲ですよ、そこは合ってなけりゃ困ります」
「じゃあ……」
淳史さんと瞭良さんは歩を踏み出すと同時に、こう声を合わせた。
「「正当防衛って事で」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます