第12話 Style
Bー52をシュータースタイルで……って。また無理難題を……。
それは数種類の材料、リキュールやクリームなどの比重の違う材料を重ねて層を作る、プースカフェスタイルでもある。
シュータースタイルもそれと同じだが、使うグラスの形が違うだけだ。
Bー52のプースカフェスタイルはショットグラスに直接層を作り、それを提供するが、シュータースタイルは試験管のような形のグラス、シューターグラスで層を作り、氷を入れたもう一つのグラスにシューターグラスをそのまま飾るように入れて提供する。
だけど、Bー52はシェークして提供するのが殆どだ。
それを敢えてシューターで……。
確かに見た目は驚く程に綺麗だが……。
Bー52はアメリカの爆撃機の名を取ったものであり、シューターとは一気に飲む事を意味している。
材料は、下の層から順にコーヒーリキュール、ベイリーズ・アイリッシュクリーム、オレンジキュラソーの三種類。
バースプーンを上手く使って三層を作る。それだけに難易度は高い。
僕に出来るだろうか……だけど。
亮二さんが僕に向かって、煽るようにもニヤリと笑みを見せる。
あの笑みっ。
やってやろうじゃないかっ。
何故か意地になる僕は、自分に課せられたものがどんなにハードルが高くても挑戦的になる。
「ユウ、それに集中していていいよ。客の入りも少し落ち着いて来たからね、他のオーダーは僕が受けるから」
「ありがとう、圭介さん。そうさせて貰うよ」
「一夜漬けとはいえ、君は器用だよ。ポテンシャルも高いしね。教えるのも楽しかったよ。だから自信持ってやって」
「うん」
そう……僕がバーテンダーとしてカウンターの中に入ろうと決めた昨日。店の営業時間が終わってから、どんなオーダーでも受けられるようにと、圭介さんに教わっていた。
プロの圭介さんには到底及ばないが、コツは掴んだ……とは思う。
まあ、オーダーを受けてしまった以上、もうやるしかないのだが。
だけど、亮二さんのあの笑みには腹が立つのもあるが、それでも……。
向上心が湧き立つんだ。
不可能さえ、可能にしてしまえるような自信を与えてくる。
お前になら出来ると言われているみたいで、僕は応えたくなる。
それを僕は楽しくて、嬉しいと思えてしまうんだ。
少しすると亮二さんは席を立ち、僕のいるカウンター前の席に移動した。
そんな近くで見られたら、余計に緊張するじゃないか……。
そう思った僕だが、亮二さんの意図は違ったようだ。
「バーテンダーさん、そのカクテルが出来たら、向こうのテーブルに持って行ってくれないか」
目線を後方へと動かし、僕に合図する。
……後方の……テーブル席……。
目に入ったその姿に僕はハッとする。
……気づかなかった。
想像以上の忙しさと、プースカフェスタイルに集中していただけに、いつ来たのか気づけなかった。
今は客の出入りも落ち着いた事でドアの開閉がない事にも、自分がパスティス・ウォーターのオーダーを受けていない事にも、彼はまだ来ていないと思い込んでしまっていた。
テーブルに置かれているあのグラス……。
パスティス・ウォーターを飲んでいる男がいる。
グラスの中身はそう減ってはいない。
彼が来てから、そう時間は経っていないだろう。
もしかして……。
僕は亮二さんに目線を変える。
にっこりと笑みを見せる亮二さんに気づかされる。
だから……あのタイミングで僕にこれを作らせようとしたのか。
確かに妙だとは思っていた。
そもそも、亮二さんはウォッカ以外、飲まないんだから……。
圭介さんのあの言葉って……。
『ユウ。難しいお客さんみたいだね?』
圭介さんが断らなかったのは、彼が来た事を分かっていたからなんだ。亮二さんの意図に気づいていた。
そして、彼のオーダーを受けたのは、僕がこのカクテルを作る事に集中しようとした時だ。
『他のオーダーは僕が受けるから』
あの時……か。
尚更、失敗出来ない。
作り直す時間などない。
彼があれを飲み終えたら、店を後にしてしまう事だろう。
何の意図があって、彼がそうしているのか。
今を逃せば、次はいつになるか分からなくなる。
そうはいっても……彼は引き寄せようとしているように見える。
それは僕たちなのか……他に何かあるのかはまだ分からないが、メニューにないパスティス・ウォーターをオーダーするのは記憶に残る客だ。そして、あの髪の色……。自身の存在を隠そうとはしていないのは明らかだ。
彼の髪の色は、銀髪だけによく目立つ。
まるで自分を見つけてくれと言わんばかりだ……。
そしてそれは、パスティス・ウォーターを飲み終えるまでの時間だけに限っている。
とにかく、コレを作る事に今は集中しなくては。
一瞬でもクリームが沈んだら綺麗な層は出来ない。そうなったらやり直しだ。
シューターグラスにバースプーンを当ててコーヒーリキュールを注ぎ、次にアイリッシュクリーム注ぐ。
ゆっくり……静かに……。
バースプーンが揺れたら混ざる。手が震えないよう気をつけなくては。
緊張と震えを抑え、慎重に注いでいく。
呼吸さえ忘れてしまう程に、僕はこのカクテルを作る事に全神経を集中させた。
正直、時間が掛かっている。
だけど、大丈夫だ。
注ぐ速度は一定に。
クリームが沈む事なく面が広がれば、バースプーンをグラスの中に落とすなどの大きなミスをしない限り、層が出来ていく。
……よし……上手くいった。次はオレンジキュラソーだ。
慎重に、慎重に。
ここまできて作り直しは嫌だ。
あと少しだ……イケるか……。
「……よしっ……」
完成した事に思わず声が漏れてしまった。
亮二さんは、満足そうに笑みを見せている。
僕は頷くとそれを持って、彼のいるテーブル席へと向かった。
亮二さんと淳史さんを除き、いつの間にか客は彼だけになっていた。
僕が近づいている事に彼は目を動かす事もなく、タバコを吸いながら煙の行方をぼんやりと眺めている。
「失礼致します。あちらのお客様から、こちらを」
彼はテーブルに置いたカクテルを見て、次に僕の顔を見る。
その表情に変化はない。
ゆっくりとした動作で、彼は亮二さんへと目線を向けたが言葉もない。
普通なら怪しむところだろうが……やはり……。
淳史さんが静かに席を立った。
亮二さんは亮二さんで、彼の反応を窺うようにじっと見ている。
少しの間、二人の目線が合った後、亮二さんはテーブルに置かれたB−52を指差し、弾くようにも指を動かすと彼に言った。
「空爆想定内。一気にどうぞ?」
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