第10話 Se pastiser 

 この案件に関わった探偵事務所が……閉鎖……。


「本当に……大丈夫なんスか。北川オーナーも分かっているんですよね……? 探偵は情報で繋がってますからね、どういった経緯で閉鎖になったかなんて、とっくに耳に入ってるでしょうし」

「勿論、知っているよ。ショウさんはそれでも俺を受け入れてくれたんだよ。『katharsis』の探偵としてこの案件に関わる事に……ね」

「そうですか……それなら尚更に分かっているとは思いますが、敢えて言っておきます」

 少し間を置いて続けた声のトーンは低く落ちていた。


「調査中のトラブルは意外と騒ぎにならないって事、忘れないで下さい」



 亮二さんと淳史さんは分かっていると頷いたが、この時の僕はその言葉に何が含まれているのかに気づく事が出来なかった。


「掴める情報があったら連絡します。ただ、淳史センパイ……悪いんスが、足がつきそうになったら俺……離脱します」

「ああ、それで構わない。お前は勿論だが、お前のいる事務所まで巻き込む訳にはいかないからな」

 彼は、すみませんと申し訳なさそうに呟く。

「まあ、既にこうしている時点で片足突っ込んでるんスけどね。本当なら、酒でも酌み交わしたいところですが、時間も時間なんで、これで失礼しますよ」

「ああ、ありがとな、瞭良」

 淳史さんは、席を立つ瞭良さんにふっと笑みを見せる。

 その笑みを受け止めるように、彼は静かに二度頷いた。

「次は普通に飲みに来るんで。その時に暗い顔見せないで下さいよ」

 笑みを見せながら冗談めかして言ったのは、彼なりの心配故の配慮なんだろう。


 彼は、僕たちに頭を下げると店を出て行った。



「ユウ……今の話で余計に不安にさせたかもしれないが……お前に強引に依頼を受けさせたのも、正直に言うと」

 分かってる。分かってるよ。

 僕は、亮二さんの言葉を遮って言う。

「淳史さんが戻って来るまでの、繋ぎだったんでしょ……神崎 瑠衣が思ったよりも早く依頼に来たから」

 少し驚いた顔を見せる亮二さんに、僕は笑みを見せた。

「……ユウ」

「何度も同じ事言わせないでよ、亮二さんらしくないな。さっき答えた通り、僕は降りないよ。まあ……繋ぎっていうのも少し違うか。それは僕の言い過ぎだ。 本当に繋ぎだったって言うんなら、降りてもいい、じゃなくて、淳史さんに任せたから降りろって言えばいいだけだしさ、だったら淳史さんをパートナーに、なんて言う訳がない」

 僕の言葉に亮二さんは苦笑する。

「……そうだな」

「ははは。これはユウにやられたな、亮二」

「ふん……鍛えただけあるって事だろ?」

「だったら尚更、僕が不安になる訳がないだろ?」

 ニヤリと自信を見せる僕の笑みに、亮二さんがクスッと笑う。

「ああ、そうだな。頼むよ、ユウ」

「分かってる」



 詳しい話は事務所でしようと、僕たちを気遣って奥にいる圭介さんを、淳史さんが呼びに行った。

 先に淳史さんが戻って来たが、少しして圭介さんが姿を見せた。そしてカウンターの中に入ると、バックバーを見つめる。

 僕はどうしたんだろうと圭介さんの様子を見ていたが、声を掛けようとしたところで圭介さんが口を開いた。


「ショウが言っていた通りだね……」


 呟くようにそう言うと、圭介さんはバックバーから一本のボトルを手にし、カウンターに置く。リキュールのボトルだ。


 パスティス……。

 香草系のリキュールだ。

 圭介さんも何か気づいているものがあるのか……?

 亮二さんと淳史さんの表情が険しくなる中、僕は圭介さんに訊く。

「オーナーが言ってたって、どういう事……?」

「パスティスはフランス語でSe pastiserス パスティゼという意味からきてるんだ。まがい物という意味だよ」

 紛い物……。

「まあ……似せて作ったって訳なんだけどね。それだけで聞くとあまりいい感じはしないかもしれないけど、元々は薬草系リキュールのアブサンが中毒を引き起こす事から禁止になり、アブサンに似せて造られたのがこのパスティスという訳なんだ」

 そう言いながら圭介さんはグラスを取るとボトルを開けた。

「これはリカール。パスティスの中でも一番名が知れているかな。アブサンの後継と言われるペルノは黄緑色だけど、リカールは琥珀色。ペルノもリカールもパスティスは」

 パスティスの入ったグラスに水を注ぐ。

 色が……。


「加水すると白濁するんだ」


 ……濁る。


 圭介さん……在庫確認って……だから……。

「香草系のリキュールはクセが強いからね。果実系のリキュールと比べると減るのが遅いはずなんだけど、ショウが普段より減りが早くなったものはないかってね……」

 圭介さんの話を聞きながら、亮二さんと淳史さんは目線を互いに合わせると頷き合う。

 瞭良さんが契約解除の書類を香草系リキュールのボトルの間に置いた。そこに置かれている事は亮二さんは気づいていた。

 だけどそれは少し違うのかもしれないと圭介さんの様子で気づく。


 言葉の間を埋めるように僕は口を開く。

「それって……パスティスを使ったカクテルを飲みに来てるって事だよね」

 僕の言葉に頷きはせず、グラスを見つめたまま圭介さんは言う。

「リカールはパスティス・ウォーター、水割りで飲むのが一般的なんだ。だけど僕はそのメニューを出していない。メニューに出しているパスティスを使ったカクテルには」

 圭介さんはもう一つのパスティスのボトルをカウンターに置いた。

 緑色のボトル……ラベルにはさっき言っていた……。

「ペルノをベースに使っているんだよ。そして、飲みやすいようにジュースやシロップを混ぜているんだ」

「じゃあ……どうしてメニューに無い、リカールの方が減ってるの……」

 言いながらも僕は気づいている事がある。

 常連だ。

 いや……常連だった。

 そしてそれは圭介さんには分かっている事だ。勿論、オーナーも気づいていたから圭介さんに言ったんだ。

 オーナーの言葉からして、最近は顔を合わせた時がない。

 だけど、その人物をよく知っている。

 パスティス・ウォーターを好んで飲む人物を。


 淳史さんがクッと少し困ったようにも笑うと呟く。

「瞭良のヤツ……足がつきそうになったら離脱って、そっちの意味かよ」

「どうやら、瞭良が来る前からそこに置いてあったようだな」

「え……じゃあ瞭良さんが置いてあると知ってて、わざとそんな行動を……」

 淳史さんは、深く頷くと言った。



「瞭良のいる事務所のボスが……来てるんだろ、圭介さん。ショウさんと擦れ違いに……ね」

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