第58話 キャバクラ

 外に出ると、ミレイが立ち尽くしていた。

 気絶していたので、木陰で休ませていたのだが、気がついたらしい。

 ミレイは新築したメグの家を眺めてポカンとしている。


「……コウさん、この建造物はなんでしょうか? 以前、来たときにはこんなのなかった気がするんですが」


「あー、メグの家だ。さっき魔法で作ったんだ」


「家!? さっき!? 魔法で!?」


 ミレイが色々驚いている。

 魔法で家を作るのはそんなに変な事なんだろうか。

 土魔法はかなり建築土木に向いている気がするのだが。

 というか、モノづくり全般を土魔法で賄える気がする。


「ミレイはもう大丈夫なのか? さっき気絶してたけど」


「は、はい。お見苦しい姿をお見せしました。もう大丈夫です。ちょっと目眩がしますが」


 全然大丈夫じゃないじゃないか。

 とりあえず、土魔法で簡易的な椅子を作る。


「ここに座っていろ」


「あ、ありがとうございます。こんなものまで作れるんですね……」


 ちょっと驚きながらも、ミレイは大人しく作りたての椅子に腰を下ろす。

 ついでに、テーブルも作っておいた。


「テーブルまで……」


 ここはちょうど木陰になっているので、ゆっくり座っていられるだろう。


「あのう、メグさんは?」


「今は家の中で風呂に入っているよ」


「お風呂!?」


 というか思い出した。

 メグのタオルを取りに帰ろうと思っていたんだった。


「ちょっと一旦家に帰ってくるけど、ミレイも一緒に来るか? 家でお茶でも飲んで少し休んだらどうだ?」


「い、いえ。私はここで結構です」


 ミレイは少し顔を青くしている。

 家にはセレナもいるからだろうか。

 ちょっと前まで吸血鬼を狩っていたミレイは吸血鬼が苦手だ。

 というか、今後もエクソシストとか言うのを続ける気があるのだろうか。

 俺の近くにいる吸血鬼達には絶対に勝てないだろうから引退して欲しい。


「そうか。じゃあ、ちょっと待っててくれ。もう少ししたら、ミレイの家も作るからな」


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 不意にミレイにギュッと服の裾を掴まれた。


「あ、あの、せっかく2人きりなんだから、少しお話しませんか?」


 ミレイは必死な表情を浮かべながら、そんな事を言う。

 お話するって言っても、するお話が思いつかない。

 自慢じゃないが俺はコミュ障なのだ。

 ただ美人にこんなお願いをされて、悪い気はしない。


「まあ、少しだけなら」


 とりあえず、自分の分の椅子も生成してミレイの隣に腰掛けてみる。

 ミレイは少し嬉しそうな顔をした。


 メグは随分気持ちよさそうに風呂に入っていたので、少しくらい遅くなっても大丈夫だろう。


「……2人でこうしてお話するのは、初めてですね」


「そうだったか?」


 ミレイは少し照れていた。

 なんだか俺も緊張してしまう。

 というか、なんでテーブルもあるのにミレイの隣に椅子を生成してしまったのだろう。

 普通は対面で座るだろう。

 これじゃ、キャバクラみたいじゃないか。

 ああ、そうか。

 そういえば、俺が女性と2人で話す機会なんて彼女以外だと圧倒的にキャバクラとか風俗が多い。

 ミレイの隣に椅子を作ってしまったのも当然だ。

 ほんとに自分がクズすぎて生きるのが辛い。


「そうですよ。もう、覚えてないんですか? あなたと話す時はいつだって誰かいたじゃないですか。あ、あの時だって……」


 言いながらミレイは赤らめた顔を伏せた。

 この反応からすると、あの時とはキスした時の事だろうか。

 そういえば、あの時はメグが近くにいた。

 他人の前でディープキスするとか、ちょっと狂気を感じる。


「…………」


 というか、どうしよう。

 会話が続かない。

 ミレイは顔を伏せながら、たまにチラリと俺を見るだけで、何もしゃべらない。

 かと言って俺から会話を振れるほどコミュ力が高くない。

 これがキャバクラだったらなー。 

 適当なことぺらぺら喋ってセクハラしてればいいので、楽しいのだが。


 その時、俺はある事に気づいた。

 ここがキャバクラだと思えば良いのではないだろうか。

 要はアレだ。

 大人数の前でスピーチとかする時に、観客をじゃがいもだと思えば緊張しないとかいうのと同じ理屈だ。

 今、俺はキャバクラに来ていて、美人のキャバ嬢に接客してもらっていると思い込めば会話がスムーズに出来るのではないかと思ったのだ。

 ミレイはかなり美人なので、こんなキャバ嬢めったにいない気がするが。

 そこはイメージでカバーだ。

 想像するんだ。

 店に入って席について、黒服が「すぐに女の子来ますんでー」とか愛想のない声で言って去った後、「はじめまして。ミレイです。ご指名ありがとうございます!」とか言って隣に座る。

 はい、ここからスタート!


「ミレイちゃん、可愛いね。歳はいくつなの?」


「ええ!? 可愛いって……。24です」


「24かー。いいなー、若くて」


「わ、若いって、コウさんの方が若いじゃないですか」


 ミレイはモジモジと照れながらも、小さな声で答えてくれる。

 まだ入店したばかりの新人さんっぽくていい。

 俺はガタガタと椅子を移動させて、太ももが当たるくらいミレイに密着する。


「え、ええ!? コウさん、ちょっと近いです」


「えーいいじゃん、これくらい。普通だって。それでさー、ミレイちゃんはどこ出身なの?」


 俺は強引に攻めながら、ミレイの腰に手を回して抱き寄せた。


「あっ……港町のサントローネっていう所で」


 大丈夫。

 これくらいなら黒服は止めに来ない。


「港町かー。いいね。魚とか美味しそうで」


 横浜みたいな感じだろうか。

 横浜の魚が美味いイメージはないが。


「は、はい。新鮮なお魚が町の名物なんです」


 ミレイの顔は息がかかりそうな程、近くにある。

 その整った顔は、わずかに上気していて、その潤んだ瞳には俺が映っている。

 

 ……つうか、やっぱりこんなレベルの高いキャバ嬢いないって。

 少なくとも、俺がよく行くような安い店には絶対いない。

 すうっと頭が冷めていく。

 キャバクラ作戦は失敗だ。

 確かに会話はできたが、明らかにやりすぎだった。

 つうか、ミレイちゃんて。


「…………」


 どうしよう。

 キャバクラ作戦が失敗した途端、会話がなくなってしまった。

 というか、本当に思いつきの見切り発車でクソみたいな作戦を実行するのはやめたほうがいいと思う。

 気まずさが最初の数倍だ。

 無言でミレイと見つめ合う事しか出来ない。

 すぐ近くのミレイからは女のいい匂いがしてきて、色気がヤバイ。


「……コウさん」


 その時、ミレイがそっと目を閉じた。

 この状況で目を閉じないで欲しい。

 条件反射的に抱きしめてキスをしてしまうから。


「んむっ!」


 ミレイの唇は柔らかかった。

 俺は貪るようにその唇を堪能する。


「あっ、むは、ちゅば」


 そのまま、舌を挿入してミレイの歯の裏を撫でる。

 抱きしめたミレイの身体がピクンと震えた。

 キャバクラだったら即座に店を追い出されるレベルだ。

 だが、しかし、ここはキャバクラではないのだ。


 俺は以前の心残りだったミレイの胸を揉んでみた。

 俺の優れた状況判断能力が今ならイケると判断したのだ。


「むー! うむぅ!」


 ミレイが何かを言おうとしているが、唇で塞いでいるので上手く喋れていない。

 おそらくはダメとか言っているのだろう。

 しかし、俺は大人なので口で言われたくらいじゃやめない。

 ビンタされたら考えようと思う。

 そのままミレイの胸を揉みまくる。

 おお、ルーナのより大きい。

 揉み応えのあるいい胸だ。

 その時、胸を揉みしだいている俺の手の上に、ミレイの手がそっと添えられた。

 思わず閉じていた目を開くと、そこには蕩けきったミレイの顔があった。

 あ、ダメだ。

 これはもう止まらない。

 とりあえず、ミレイの服を脱がそうとした。

 その時。


「おーい、コウ」


 不意にルーナの声が聞こえた。

 俺は咄嗟にミレイから離れて飛び退く。

 椅子がガタンと派手に倒れた。


 そのまま、何事もなかったかのように腕を組んで立つ。

 心臓が早鐘のように高鳴りまくっている。


「あ、こんな所にいたのか」


 家の方角からルーナがニコニコと歩いてきた。

 その空気の読めなさに戦慄を覚える。

 ミレイは慌てて唾液まみれになった口を拭いながら、乱れた服の胸元を直している。


「お昼ご飯作ってきたんだ。一緒に食べよう?」


 見ればルーナは小さなバスケットを持っていた。

 ルーナの後ろからはセレナとフィリスも歩いてくる。


「お前の好きなサンドイッチだぞ? みんなの分もあるから」


 ルーナは俺の近くまで来ると、自然と俺の手を握る。

 その表情はすこぶる上機嫌だ。

 よかった。

 さっきのミレイとのアレは見られていなかったらしい。


 ミレイをチラリと見ると、完全に出来上がった顔で俺をじっと見つめていた。

 あともう少しで、ミレイと最後まで出来たのに。

 ああ、もったいない。

 もったいない!


「なあ、コウ……」


 そんな事を考えていたら、ルーナが甘えたような声を出して抱きついてくる。

 突然どうした。

 というかこいつ出歩いて大丈夫なのだろうか。


「家で安静にしてなくて大丈夫なのか?」


「もう十分安静にしたもん。もう我慢できないもん」


 俺の首筋に顔を押し当てて、ふがふがとルーナはそんな事を言う。


「ずっと寂しかったんだぞ?」


 ルーナは顔を上げると、目をうるうるさせる。

 うわ、かわいい。

 そう思った時、俺はハッとした。

 危うく浮気をしてしまうところだった事に。

 あっぶねー。

 サラッとミレイと一線を超えてしまうところだった。

 落ちついた大人である俺にはあるまじき失態である。

 この俺が一時の感情に我を失うなんて。

 ……1日1回はそんな状況がある気もするが。


 とりあえず、ルーナの頭を撫でながらミレイの方をちらっと見る。

 ミレイはまだぼーっと俺に熱い視線を送っていた。

 なんというか物凄い色気を放っている。

 メグの若々しい裸体を見た時はちょっとクラっとくるくらいだったが、ミレイの時は考える暇もなくキスをしていた。

 そもそも、もしもここがキャバクラだったらとか考えたせいだ。

 そんなこと考えたヤツはホントにアホだと思う。

 死ねばいいのに。

 まあ、私なんですが(笑)。


 それにしても危ないところだった。

 だが、一線を超えてしまったわけではない。

 キスして胸を揉んだまでだ。

 まだセーフだ。

 よかったよかった。

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