僕は君のしもべ。―特命生徒会補佐・三田村湊の報告書―

久世千景

ポエム?怪文書?特命補佐官初任務

【ポエム?怪文書?特命補佐官初任務①】

 “生徒会本部”のドアを開けた瞬間、空気が変わった。

 どう変わったかって? そうだな、冷房の設定が一気に5℃下がった感じというか、いや、もっとピリついた雰囲気だったな。まるで中世ヨーロッパの王宮にでも迷い込んだような。行ったことないけど。


 奥の椅子に、脚を組んでふんぞり返っていたのは――

 鳳条凛音ほうじょう りおん。この学園の理事長の孫にして、生徒会長。ついでに、たぶんこの空間で一番威圧感が強い人。


 才色兼備。気品も抜群。しかも、しっかり勉強もできる。全国模試で常連レベル。

 宝塚かってくらいのカッコよさと、見惚れるほどの美しさを同時に搭載している。

 髪の毛のキューティクルなんて、もはや“天使の輪”どころじゃない。“神の輪”。ありがたすぎて合掌レベル。

 もう、ひとりだけ別のジャンルで生きてる感じ。


 紅茶をすする横顔には、まるで“城主”の風格があった。おまけにタブレットと万年筆という、令和と大正を共存させる小道具持ち。机の上には資料らしきファイルが並んでて、これがまた几帳面にもほどがあるレベル。支配者って、整理整頓から入るんだな。


「……遅いわよ、三田村湊みたむら みなと


「いや、五分遅れただけですよ……」


「私の五分と、あなたの五分が同じ価値だと?」


 出たな、“鳳条理論”。

 たった五分の遅刻が、あの人にとっては一世紀ぐらいの価値を持つらしい。

 俺の時間は1分=60秒だけど、あの人の時間は1分=気分次第


 なるべく刺激しないよう、俺はソファの端っこにそっと座った。ほぼ壁と同化しそうな勢いで。


「さて――あなたに与える最初の任務よ。“特命補佐官”としての」


「え、それ何ですか? 俺、入会届とか出してませんけど」


「しもべに同意は不要よ」


 堂々と言ってのけた。これはもう一周まわって清々しいな。

 そのくせ紅茶をすする動作はやたらと優雅で、所作も妙に綺麗だ。

このギャップがなんというか……一部の人には刺さるのかもしれない。俺には刺さらないけど。


「最近、投書箱に妙な内容が届くようになったの。

 誰が、どんな目的で送り続けているのか――あなたに調べてもらいたいの」


 そう言って差し出されたのは、謎のポエムのような紙切れだった。


『火傷すると言われたから、最初から触れるなと決められた。

でも、炎を知らずに怯えるのは、正しいだろうか。』


 ……なんだこれ。ポエムか? ホラーか? いや、厨二病の初期症状かもしれん。


「この投書があった翌日――生徒会のホームページ、掲示板の一部が荒らされたの。

 “好き”という単語だけが延々と繰り返されていたわ」


 ……それ、ロマンチックと不気味のギリギリ攻めてるやつじゃん。

いや、不気味の方が勝つな。


「おそらく、この投書は――“犯行予告”だったのだと思うのよ」


 会長はそう言って、笑みをこぼした。

……この人、完全に“事件が面白くなってきたわモード”に入ってる。


「既存の役職では対応しきれない“隙間の業務”があるの。

 あなたには、それを臨機応変に担当してもらうわ。できるでしょう?」


 つまり、やっかいごとはぜんぶ俺任せ、ってことですね会長。


「いやいや、そんな急に信頼されても」


「信頼じゃない。“選別”よ。私の国家に、必要な人間かどうかの」


 はいはい、“私の国家”発言出ました。学園を国家に見立てる中二病はごくたまにいるけど、それを本気でやってる人はあんまりいない。


「了解です。しもべとして、誠心誠意つとめさせていただきます」


「よろしい。期待してるわ、湊」


 ……その“期待”って、褒められてるんじゃなくて、もう逃げ道を塞がれたって意味なんじゃないか?

 俺は視線を落とし、もう一度あのポエムを見る。


 “火傷する”か。やたらと詩的だけど、何か妙に引っかかる。冗談の域を出てる気がした。


 とりあえず、現場確認から始めるか。


◇ ◇ ◇


 “生徒会本部”は、特別教室棟の3階――その最奥。もとは視聴覚準備室だったらしい。

 その名残はほぼゼロ。というのも、いまやこの部屋は「理想の王政ルーム」とでも言いたくなるような空間に成り果てている。


 深紅のカーテン。赤いベルベット張りのソファ。木製の重厚な円卓。

 天井から吊るされた間接照明まである。こだわりすぎだろ。


 この部屋を初めて見たときの俺の第一声は、たしか「……うわ」だった。


 鳳条会長はこの部屋について、こう語ったらしい。


「旗を掲げる場所が雑然としてたら話にならないわ。

 意志を示すなら、まず“場所”から整えること。制度もそれと同じよ」


 いやいや、その意志、明確すぎます会長。

 こうして、一学園に一国家が爆誕したのでした。


……そんな部屋をあとにして、俺は廊下へ足を踏み出した。


◇ ◇ ◇


 投書箱は、校内に三か所ある。

 三階・生徒会本部前。

 二階・図書室前。

 一階・保健室横。


 投書されるのは毎週水曜日。

 いつも図書室前の箱に、毎週、同じ筆跡のポエムが届く。

 今日はその、水曜日だ。つまり、捜査開始日。


 まずは、その図書室前に張り込んでみよう。


◇ ◇ ◇


 放課後のチャイムが鳴る。

 みんながカバンを持って帰っていくなか、俺だけが廊下の影でじっと投書箱を見張っていた。


 ……1時間後。成果ゼロ。ヒマすぎて眠くなってきた。


「なかなか現れないわね」


 突然の声。振り返ると、倉橋七海くらはし ななみが立っていた。

 生徒会書記。鳳条会長と同じく、なんだかんだでこの学園の上層部にいる人。俺と同い年とは思えない落ち着き方をしている。


「見回りか?」


「会長からあなたの任務を聞いて、真面目にやってるかチェックしに来ただけ」


「ご覧の通り、絶賛張り込み中。成果はない」


「ふふ、頑張ってね。会長のお眼鏡にかなうように」


 その笑顔は、どこか“他人事”感に満ちていた。

 見送ったあと、俺はまたため息をついた。


 ……一階の保健室も見てみるか。


◇ ◇ ◇


 一階、保健室前。

 掲示板の横に投書箱がある。中は――空。


 ちょっとトイレに行って、また図書室前に戻ると、そこには……一枚の封筒が入っていた。


 慌てて取り出し、開く。


『花が咲くことを、罪だと言われた。


芽吹くより先に、刈り取られる感情がある。』


 封筒の裏をひっくり返すと、そこには――


 **「鳳条会長へ」**の文字。


 ……うん、どストレート。

 差出人の執着、ぜんぶこの一行に詰まってる気がする。


 ……やられた。

 油断した。というか、トイレ行ってる間に投函するとか、タイミング完璧すぎるだろ。


 紙を握りしめ、俺はため息とともに生徒会室へ戻った。

 しもべの任務。その幕は、まだ静かに上がったばかりだった。

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