第三帝国にて

北島綾

第1話

第二次世界大戦に勝利した第三帝国の影響力は、今やヨーロッパ全土に広がっていた。

その象徴とも言える第三帝国の世界首都「ゲルマニア」そこから遠く離れたモスコーヴィエン国家弁務官区の前線で、ある親衛隊大将が視察に来ていた。


彼女の名はエミリア・ズュース、親衛隊の中では珍しい女性の大将だ。透き通るような碧眼に、長い銀髪の彼女は、冷徹で慈悲が無く、過去に多くの旧ソビエト赤軍パルチザンを虐殺してきた。その上彼女は熱心なナチズム支持者であり、親衛隊内で他の将校達にも引けを取らない忠誠心を持っている。


「敬礼!」


整列した黒服の親衛隊員達がエミリアに向かい、号令と共に一斉に見事なナチス式敬礼を行う。動作は全て研ぎ澄まされ、無駄がない。


「諸君、日々の任務ご苦労だ」


それらを鋭い目つきで見渡した後、エミリアは落ち着き払った声でそう話を始める。


「諸君らに課された使命は、この地に居座るスラブ人を一掃する事だ。諸君よ、忠誠こそ我らの大義だ。そして慈悲は大義を妨害する悪だ。奴らは我らの千年帝国に必要ない。我らの力によって、民族の強さを証明するのだ!」


その、静かだが力強い演説の声は、隊員たちの心を奮い立たせ、親衛隊の大義を再認識させる。

そして最後に、エミリアはこう叫んだ。


「ジークハイル!」


隊員達は熱気に包まれ、エミリアに続き、ジークハイルと何度も叫んだ。


演説後、エミリアは隊の訓練の様子の視察を行っていた。どの隊員も見事な身のこなしであり、まさに圧巻だった。

エミリアは隊員達の様子を見て、満足気な表情だ。そんな時、ふと1人の女性隊員の姿が目に止まった。

長い金髪に碧眼、まさにアーリア人と言える見た目の彼女は、まだ入隊して間もないのだろうか、各動作はまだ洗練されておらず、ぎこちない部分もあるが、他の新兵と違い目に迷いが見られない。まさに親衛隊の、忠誠こそ我が大義を体現したかのような、そんな印象を受けた。だがそれ以上に、上手く表現出来ないような、どこか惹かれるようなものが彼女にはあった。


「やあ君、親衛隊はどうかね」


エミリアは、気がついた時にはその新兵に話しかけていた。彼女は急に話しかけられ、驚いた様子を見せたが、すぐに向き直り、敬礼をした。


「はい!大義を感じられる素晴らしい職場です!」


彼女は迷いのない眼差しと表情でエミリアに言った。


「そうか、それは良かった。君はどこ出身だ?」

エミリアは彼女に問う。

「フランクフルトです」

「フランクフルトか。戦前に一度行ったことがある。カラフルな街並みが綺麗だった」

「そうなんですか!なんだか嬉しいです!」


彼女はそう言って微笑む。それにつられてエミリアも笑う。


「じゃあ、これからも引き続き訓練を頑張ってくれ」


エミリアはそう言って去っていく。


基地の視察から帰ったエミリアは、モスクワの執務室でいつもの業務に勤しんでいた。部隊の経費やら消耗した装具の資料やらが、机の上に山積みにされ、それらにドイツ製のタイプライターで文字を入れる。


「そろそろ休暇が欲しいものだ」


エミリアはそう呟き、次々と執務をこなしていく。その時、執務室に置かれた電話がけたたましくベルの音を鳴らす。


「なんだ?」


素早く受話器を取り、不機嫌そうに一言言う。


「エミリア大将。私です」


受話器の向こうから聞こえてきたのは、落ち着いた雰囲気の女性の声だ。


「!失礼しました。全国指導者殿」


慌ててエミリアは取り繕ってそう言った。


「そう慌てなくても結構ですよ。それよりも、来週の実験への参加はどうされますか?そろそろ返事を聞きたいのですが」

「あぁ、その事でしたら私も参加しようと思っております」

「そうですよね。なにせ後世に残る歴史的瞬間になりますからね」


その会話から一週間が経ち、エミリアはモスコーヴィエンのある地方都市に居た。地方の寂れた田舎町であるにもかかわらず、今日は至る所に親衛隊の装甲車両や兵士が警戒にあたっている。まさに厳重体制だ。

エミリアは黒塗りの高級車の後部座席に乗り、車窓から外を眺めている。目的の場所の近くに着き、検問で顔と許可証を見せる。検問を通過してからは徒歩だ。

少しばかり歩いていると、エミリアの耳に、覚えのある声が入ってきた。

「エミリア大将!お久しぶりです!」

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