第8話 幻影艦隊拠点建設

 幻影艦隊は活動するにあたりトラック泊地のような拠点を欲した。


「艦隊の拠点が欲しいと言うのだね。まったく、構わないが、どこに建てる?」


「さしずめサタワン環礁ひいてはモートロック諸島を頂ければ」


「トラックの南方か。特に大きい拠点でないが」


「それこそ構いません。我々が一時的に滞在できれば問題ありません」


「わかった。守備隊はどうすればいい。建設作業の手伝いもさせる」


「あいにく、秘密基地としたく、人払いをお願いします」


「手の内は見せない。そういうことだな。よろしい」


 ミッドウェー海戦に出現した艦隊はトラック泊地の近辺を哨戒する。友軍艦隊の邪魔をしてはいけないと泊地に入ることを遠慮した。弾薬や燃料など補給が心配だが、お構いなしに対潜作戦に精を出し、米潜水艦を血祭りに上げている。しかし、将来的に大作戦を展開するに前線基地は必須だ。また急に出現されては敵と誤認して誤射の危険がある。日本海軍と行動を共にして万全を期すことが好ましかった。


 幻影艦隊も同様の考えを有して南方諸島を欲する。


 希望はモートロック諸島という小さな拠点だ。トラック泊地から見て南側にあるため連絡自体は容易と見積もられる。各島の中でもサタワン環礁という小規模な拠点を求めた。元々はドイツ領で前大戦を経て委任統治領と承継する。現在は陸軍と海軍海兵隊が守備隊と常駐するが100名弱の小規模が呈された。本当に良いのか尋ねるが問題ないらしい。それどころか、人払いと称して誰も入れるなと言ってきた。


「工事などは?」


「全てお任せください。ご負担をおかけすることは絶対にありません。むしろ、敵潜水艦をおびき寄せて一網打尽にしてやる」


「これ以上は何も言わんでおこう。各所には連絡しておく。好きにやりたまえ」


「ありがとうございます」


「ただ計画だけは共有していただきたい。なにも監視するわけじゃない。うちの潜水艦や爆撃機が誤認してはな」


「もちろんです」


 トラック泊地でさえ建設に長期間を見込む。


 戦時中に後方と雖も拠点を新設した。


 何やらすごいことが起こりそう。


~モートロック諸島~


「意外と良い所ではありませんか。雨は厄介ですが慣れます」


 熱帯地域特有の大雨の中を大量の輸送船が到着した。いったいどこからやって来たのか聞きたくなる。現地守備隊はトラック泊地へ引き上げて島々は無人に変わった。先住民族も戦地となるため半ば強制的に疎開させられる。


 環礁内部へ輸送船が到着するとクレーンやデリックが駆動した。いかにも重そうな物資を効率よく荷揚げしていく。柔らかい砂浜のため少し荒くても問題なかった。輸送船の中に船首が渡し板を兼ねる新型を認める。渡し板を下ろすと戦車、装甲車が上陸を始めた。彼らは建設作業中の守備隊のようで対空用の車両も確認できる。おそらく建設作業中に仮の沿岸砲や高射砲を務めるのだ。


「それでは作業を始めましょう」


 責任者らしき男がパンと手を叩くと他の輸送船から作業員がゾロゾロと出てくる。どこから連れて来たのか疑問は沸き上がった。知ってはならないこと。作業員は一様にフェイスマスクを被っているのか平面的な顔立ちだ。


「今日で最低限の宿舎は構えます。味方が逃げ込めるようにです。この1週間で飛行場と水上機基地を構える。それと同時並行して港湾機能を整備することにより艦隊駐留の可能な大規模な拠点としましょう。多少は島の地形を変えても構いませんので拡張していくのもよい」


 日本人らしく綺麗に整列して話を聞いているが息吹を感じられない。まるで人形のように立っていた。普通の人間は呼吸をしているので微動するところ、全員がピッタリと揃って動かず、文字通りの微動だにしていない。完成された人員と言うのか将又は機械の人形なのか不気味が過ぎていた。


「敵の心配はいりません。作業は止まらずに行います。いわゆる、突貫工事ですが一切の妥協なく進めるのです」


 作業前の確認を終えると再びパンと叩く。監督者の下で作業員たちは一斉に持ち場へ向かった。重機の群れは島の地形を変える勢いで整地や穴掘りを行う。飛行場は小規模ながら整備されたが戦闘機が精一杯だ。大型の爆撃機や輸送機が着陸するに不足が否めない。


 アメリカも真っ青な重機の大量投入だ。地形ごと作り変えてしまう。ショベルカーが一度にどっさりと土砂を掘り出した。ブルドーザーが均等に整える。ただ平均にするだけでは完成しなかった。航空機が着陸する際に石があればタイヤを損傷させかねない。土砂に埋もれている岩石は一度に除去した。ここで生じた穴はブルドーザーが埋める。さらに、余剰の土砂などはトラックが運び出した。余り物に福があると言わんばかり、島の拡張工事に用いて地図を書き換える。


「工廠も欲しいですが暫くは我慢ですね。艦船の修理に関しては工作艦を出張させますか。浮き船渠も良いですね」


 責任者は独り言が止まらなかった。戦闘に直接的に関与しない。自身の安全は保障された。その代わりに最前線へ出向く者達がいる。ここに安住の大地を作らねばならんのだ。ただ住めるだけでは面白くない。トラック泊地に次ぐ大拠点に変えるために突貫工事の計画は適宜変えるつもりだ。


「ひとまず、仮飛行場さえ出来れば雷電隊を送り込める」


 今日の作業進捗は既に良好と評価する。


 夕方に差し掛かると仮設宿舎に入って記録を付けてから就寝だ。


 翌日も仕事と起きてみるが意外な程に進んでいる。彼が寝ている間も作業員たちは騒がしく働いた。一切の不平と不満を述べる以前に疲労も感じない。指示通りに動いてくれるのだから最高の人財だ。就寝中は静かにしてほしい。いの一番に建設した宿舎は遮音性に優れた。現地調達した葉っぱを張り付けることで航空偵察に対して偽装を発揮する。宿舎で身支度を整えてから飛行場建設作業の様子を眺めていた。


 すると、頭上にバラバラと変な音が聞こえる。


「おや?連絡機ですか。もう艦隊が来るのでしょう」


「お~い。はるばると来てやったぞ」


「いくらなんでも早すぎやしませんか。まだ碌に完成していません」


「ははぁ! 海上じゃ娯楽が無い。それに大地に足をつけていないと不安で仕方がなかった」


「それはようございました」


 オートジャイロが不整地に着陸した。不整地でも容易に離着陸可能な利点から連絡機に使用される。日本軍での運用は陸軍のカ号観測機だが、幻影たちが萱場製作所に肩入れし、史実よりも早期に関精度高く登場した。弾着観測機の名目だが専ら連絡用に用いられる。今日も洋上の輸送船団を護衛する艦艇から飛び立って環礁の陸地にやってきた。ちょっとした距離の移動では輸送機や連絡機を仕立てるよりも簡便に済む。


「それで本格的な要塞に作り替える気だな。ここに空母も収まるんだろう」


「はい。どの程度になります?」


「そんなバカでかい奴は来ない。船体に対して効率を追求した結果の空母がくる」


「教えてくれないのです?」


「今教えちまったらワクワクしないじゃないか。その代わりに差し入れだ」


「これは?」


「次の作戦だよ。海軍さんはソロモン諸島に進出するみたいだ」


「米豪遮断作戦とは必敗を突き進む…」


 恰幅の良い中年男性は工事責任者に分厚い冊子を手渡した。表紙は機密と刻まれている故に当事者の手渡し以外に信用できない。その内容は史実を踏まえたガダルカナル島進出作戦だ。日本軍史上最悪の作戦に数えられるため直球な感想を述べる。ミッドウェーに続いて負けに行くようだ。


「俺たちはソロモン諸島を抑えるつもりはない。ガダルカナル島をはじめに一帯をアメさんをおびき寄せることはできた」


「一網打尽にしてやる」


「そういうことだ。そのために一日も早く完成してほしい」


「わかりました。全力を尽くします。ちょっと見て回っていいか?」


「どうぞご自由に…」


 現地視察らしくボテボテと歩き出す。その背中を眺めるまでもなく作業の指示に戻った。すぐにでも友軍艦隊が母港と使用したいのだからスピードアップを図る。トラック泊地に次ぐ拠点にしなければプライドが傷ついた。日本人なのか職人魂を滾らせる。


続く

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幻影の艦隊 竹本田重郎  @neohebi

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