第1話 茉莉花
「はーい!いらっしゃい!」
戸を開くとまるで応援団のような声量が飛んできた。まさかそんな大きさの声を夜に聞くことになると思わなくて、俺は一気に目が覚める感覚だった。
「んん?……おい、坊主。」
「は、はい!すみません!ごめんなさい!帰ります!もう帰りますから、どうか通報だけは……!」
逃げないと。と心から感じた。今ここで逃げれずに補導されたときの妄想が頭を駆け巡る。
「う、うわぁぁーーーー!!!!」
周りの音は何も聞こえなかった。さっき戸を開けたのと逆の手で戸を開いた。
やばい。そう脳内で何度も繰り返される、銭湯は運が良かっただけなんだ、ここで俺の平穏も終わりだ。……いやだ!こんなところで終われるか!俺は何も考えず逃げ続ける。
「……ったく、ふぅ」
だめだった。
あれから俺は5分ほど逃げていた。しかし初めての道に迷いその隙を店主らしき人物に捉えられた。今俺は店に戻り男に向けて土下座の体勢を取っている。
「……あ、あの!その、もうしないんで!今回だけ見逃してもらえませんか!?」
「あのなぁ、見逃すとか見逃さないとか、そういんじゃないからな!ガキが夜中に外に出てんのはだめなんだよ!」
涙が出そうだった。俺はただひたすら謝り続けた。謝るのなんて小学校ぶりだろうか慣れないことを慣れない場所ですることはマジで難しい。諦めの境地でそう考えながら謝っていると、カウンターで食事をするちょうどウチのじいちゃんぐらいの年齢の男が口を開いた。
「まぁまぁ、隆弘さん。そう怒るものでもないでしょう。人間、誰しも夜には憧れるものです。」
「ちょ、崇さん!あなたは甘すぎなんですよ!」
「その少年にも理由があるかもしれませんよ?聞いてからでも遅くはないでしょう」
「……はぁ、分かりましたよ。おい坊主、何でこんな時間に出歩いてるんだ。」
「……分からない。でも、眠れなくて。気づいたら外に出てた。生活に不満があるわけじゃない。なにか足りないわけじゃない。……そう。うん……」
終わった。俺の新たな青春は始まりの合図もならないまま終わりを迎えるんだ。
「坊主。お前、飯は食ったか。」
「…………は?あっ、いや、食べてないです。」
「そこ座れ、魚でいいか。」
「え?え?」
「なんだ魚はだめか」
「い、いや。食べれます。好きです。で、でも何で急に……」
「……考えが変わった。お前を警察に送る気がなくなった。これでいいか。」
「……え、あ、ありがとうございます。」
隆弘と呼ばれていたその男にはなぜかさっきの怒りとは似ても似つかない寂しさを感じた。
「ほら、食え。」
「い、いや。俺金なくて……」
「これからお前はここに来て俺の仕事を手伝え。」
「は?」
「1週間仕事をしたらこの飯代と非行に関しては無罪放免にしてやる。」
「はぁーーーー???」
次回。隆弘によって1週間働くことを余儀なくされた克樹。はじめは嫌に感じたが徐々に隆弘の本意に気づくことになる。
第2話7月18日投稿予定
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