第13話 強さの定義




「強ぇ奴を探してやる!」


 と豪語したゼフィラだったが、現実はそう甘くなかった。

 意気揚々と情報収集を始めたが、ガレンやゼフィラが求める「強さ」を持つ女性は一向に見つからない。


 何人かの候補に接触もしてみた。


 一人は屈強な肉体を持つ女戦士だったが、中身はただ好戦的なだけの暴力狂。

 また別の女性は剣の腕は一流だが、驕り高ぶり弱者を平気で見下すような傲慢な性格だった。


 誰もが「強い」ことには変わりないが、ガレンが求める「強さ」とはどうにも違う。

 そして何より、そうした女性たちはガレンのような朴訥ぼくとつとした男を求めてはいなかった。

 彼女たちが欲するのは己の武力を誇る相手か、あるいは財力と名声を持つ男ばかりだ。


「ったく、なんでこんなに見つかんねぇんだよ。強ぇ奴なんてどこにでもいると思ったのに」


 彼女の抱く「強さ」のイメージと、ガレンに合う「愛の可能性」を秘めた「強さ」の間に大きな隔たりがあることを感じ始めていた。


 ガレン自身もゼフィラが連れてくる女性たちにどうにもピンとこない様子だった。

 紹介された女性と話をしてみるものの、会話は途切れがちで彼の表情には常に困惑の色が浮かんでいる。


「ガレン、あんたが求める『強さ』ってのはどんな感じなワケよ?」


 ある日、ゼフィラは痺れを切らしてガレンに問い詰めた。

 ガレンはいつものように言葉に詰まり、視線を泳がせる。


「その……言葉では、難しいのですが……」


 彼の不器用さにゼフィラは再び頭を抱えた。

 このままでは埒が明かない。


 その時、ゼフィラの脳裏に一つのアイデアが閃いた。


「よし、分かった! 言葉じゃ無理なら肉体言語だ!」


 ゼフィラは腕を組んでニヤリと笑った。


「あんたの求める『強さ』がどんなもんか、あたしにも正直よく分からねぇ。だから、あたしと手合わせしてみるか?」


 ガレンはゼフィラの突拍子もない提案に目を見開いた。

 武術の求道者である彼にとって手合わせは真剣な稽古の一部だ。


 ――この女性と……


「しかし……俺は女性相手に手合わせなど……」

「武術に男も女も関係あるかよ!」


 ゼフィラの有無を言わせぬ迫力にガレンはたじろいだ。

 乗り気ではない様子だったが、ゼフィラの真っ直ぐな視線に気圧され結局手合わせに応じることになった。




 ***




 街のはずれにある何もない場所に移動した。

 ここなら多少派手に暴れても誰かを巻き添えにすることもなく存分に暴れられる。


 ゼフィラはいつもの動きやすい服に身を包み、ガレンは武術の稽古着で相対した。


「ゼフィラ……強引過ぎませんかね」

「いいんだよ、言葉で語れねぇなら拳で語るまでだ」

「……ほどほどにお願いしますよ」


 フェリックスが心配そうに見守る中、手合わせが始まった。


「お願いします」

「遠慮すんなよ、行くぞ!」


 ガレンは女性相手であること、そして依頼人であることを考慮し手加減をして挑もうとした。

 彼はゼフィラの軽い蹴りを受け流そうと腕を上げた。


 だがその瞬間、ガレンの表情が微かに固まった。


「――ッ!?」


 ゼフィラの放った蹴りは、彼が予想していたよりも遥かに重い一撃だった。


 ただの軽やかな蹴りではない。

 その一撃には重心の乗せ方、体重移動、そして彼女自身の「本気」が凝縮されていた。


 彼は反射的に受け流すのではなく、全力で防御に転じなければならないほどの重みを感じたのだ。

 その後もゼフィラが打ち込む蹴りや拳をガレンは必死に防御する。


 ゼフィラは防御にばかり徹しているガレンを見て不満そうに口を開いた。


「なんだよ、朴念仁ぼくねんじん! そんなんじゃなんにも分かんねぇだろうが!」


 ゼフィラの瞳がこれまでにないほど強く輝いたのをガレンは見た。


「てめぇの『強さ』を本気であたしに見せてみろよ! 打ち込んで来い! あたしが全部受け止める!」


 ゼフィラの言葉はガレンの心の奥底に響いた。

 それは師範以外の誰からも言われたことのない、絶対的な信頼と挑戦の言葉だった。

 武術家としてこれほど心を揺さぶられる言葉はない。


 彼の無表情な顔に、わずかな動揺と熱が宿った。


「ふぅぅぅ……」


 ガレンは一度深く息を吐き、そして強く一歩踏み込んだ。

 彼は初めてゼフィラに本気で打ち込む。


 ガレンの拳が風を切り裂き、ゼフィラの腹部へと迫る。

 それはこれまで隠し持っていた彼の真の力量が込められた渾身の一撃だった。


「いいぞ! そうこなくちゃぁな!!」


 ゼフィラはその一撃をまるで最初からそうすると決めていたかのように、両腕で受け止めた。


 ドゴン!


 と肉と肉がぶつかり合う鈍い音が響き渡る。

 ゼフィラの身体はわずかに後ろに傾いたが、その足はしっかりと地面に根を張っていた。


「……っは! 強ぇな、ガレン! マジ痛ぇ!」


 ゼフィラは興奮したように顔を歪ませそう叫んだ。

 その言葉には偽りのない称賛と武術家としての純粋な喜びが込められていた。


 その瞬間、ガレンの無表情だった顔にこれまで見せたことのない、微かな高揚の色が浮かんだ。

 彼の瞳の奥で何かが動き始めた。



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