仏子びより

小阪ノリタカ

第1話 ただいま、仏子!



仏子駅ぶしえきの近くを流れている入間川いるまがわの音が、やさしく風に乗って聞こえてくる。

駅の裏手にある森の方からは蝉の声が遠く響き、仏子駅のホームには、ぽつりぽつりとまばらではあるが人の影。


時刻は午後3時。

電車がガタンゴトンと揺れて、仏子駅に止まる。


所沢ところざわ方面から来た電車から降りてきたのは、この町(仏子)に住む大学生の伊藤いとうまさる

今は、都内の大学に通っているけれど、今日は講義がいつもより早く終わったので、ちょっとだけ寄り道をして帰ってきた。


将は電車を降り、仏子駅を出ると、仏子駅前に店を構えているパン屋「クロワッサン日和」に立ち寄る。

将の幼い頃から変わらない、優しくて甘いクリームパン。

それを買って、すぐ近くの入間川の土手に座り食べるのが、将の密かな『癒し時間』だった。


「ただいま、仏子!」


そうつぶやきながら、パンの包みを開けると、


「あれ?将くんじゃん! ひさしぶり!」


声をかけてきたのは、高校時代の同級生・佐々木ささきあかね

今は地元の保育園で働いていて、よくこの土手を通って帰っているという。


「やっぱり仏子ここってなんだか落ち着くよね」

「うん。変わらないって、いいなって思う」


二人は久しぶりに会話が弾む。

茜が働く保育園の話、将が通う都内の大学の話、仏子の駅前に新しくできたカフェの話――。


それはまるで、時間が少しだけゆっくり流れ始めたような感覚。


ふと風が吹いて、仏子の夏の香りがふわりとふたりの間を通り過ぎていった


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仏子びより 小阪ノリタカ @noritaka1103

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