#7 口裂け怨魔

「……ところで、言葉の通じる怨魔っての初めて見るし、聞きてぇんだが。お前、一昨日おととい誰か殺したか?」

 俺は、刀を構えながら口の裂けた女の怨魔に問いかける。

「あら、弔い合戦かしらァ……?」


「おととい……ああ。あの『ポマード』で髪を塗り固めた男かしら?おめかしして、ケーキの箱と花束を抱えて……もしかして、デヱトとか、結婚記念日みたいな、愛しの誰かに会う日だったのかしらねェ……♥」

「あー、そうか……」

 今、確信に変わった。こいつだ。こいつが北坂さんを殺した怨魔だ。

 以前、新林にいばやし商事に伺った時に、雑談として彼のプロポーズの話を聞いた。べたべたに塗り固めたオールバックで決めていったら、気合入れ過ぎて大笑いされて、高価なレストランを予約したのにムードが滅茶苦茶になった、みたいな話が、彼の鉄板らしい。

 それでも、毎年結婚記念日には同じ格好で、花束を渡していたとか。嫁さんの笑顔が好きで結婚したから御の字と、そのままのろけ話に移ってしまった。中々商談に移れず、苦笑いしながら聞いた話だ。そうか、去年の今頃だったな。


 ――くそったれが。


「やっぱり、い怨魔なんて居ねぇよなぁ……もう話すこともねぇ。すぐ殺してやるよ」

「ふふ……、怖ァい♥」


 俺は、間合いを詰めて口裂け女に斬りかかった。女は、袖元から包丁を引き出し、これを弾く。

 ……はやい。続けざまに斬りこんだ斬撃も、両手に持った包丁で軽々とさばかれた。


 俺の……明松かがりの遁法は、「熱遁」。自身の身体や武器を高温にして、敵を焼き切る術だ。……熟練者が使った場合は、だが。

 くのいちなら、ヤツの刃物ごとぶった切れるんだろうが、俺の実力じゃ、どれだけ足掻いても熱だけで敵を欠損することなんてできない。


 だから俺は、熱量を運動能力に転化し、身体能力の向上に重点的にあてている。のだが……甲種は元より人の姿を取った獣。身体能力は普通の人間の比にならない。


「あらぁ、速いのねェ♥」


 ……機先を制して斬りかかったつもりが、いつの間にか防戦一方、奴は余裕の口ぶりだ。舐めやがって。

 俺は体幹を捻り、ヤツの腹部に渾身の蹴りを放った。闇の静寂を破るように、鈍い音が響き渡る。


「……なぁに、これェ?」

 岩かてめぇは。全然応えてねぇ。……じゃあ、コレだ。


明松かがり流 蹴撃殺法『烙跡らくせき』」

「……っ?」

 鋼板を仕込んだ靴底が激しい熱を帯びる。ジュウ、ジュウ、という音とともに、肉の焼ける香りが広がる。

 怨魔と言えども、流石に体表に痛覚はあるようだ。思わぬ熱を受け、大きな口を開けて声を上げた怨魔の顎を上と下に分けるべく、俺は刀を振るう。


 ――金属同士がぶつかる音が響く。

 ヤツの顎関節は繋がったままだった。歯……いや、口腔全体から無数の刃が生成され、俺の小太刀を挟み込むように止めていた。


「ふぉふふぁ、ふぉうふぇふぃふぇ……」

「……何言ってるかわかんねぇんだよ、不細工が」


 俺は苦無をヤツの右目に突き刺し、怯んだ隙に胴体に蹴りを入れ、反動で距離を取った。


 ……甲種が桁違いの化け物だとは知っていたが、なるほど。切り結んでみてようやく肌身で理解が出来た。

 奴らのもっとも恐るべき点は、人の理を越えた膂力でも、社会に溶け込む狡猾さでもない。奴らの脅威とは――


「……遁法とんぽうの真似事かよ。タチ悪いぜ」


 怨魔は、目に刺さった苦無を引き抜き、俺の足元に投げた。俺が後方に下がって回避すると、「苦無だった金属塊」は、さながら巨大ないがぐりのように、周囲に巨大なとげを展開する。

 俺は、金属板を仕込んだ靴でこれを受け、反動でさらに後方に跳躍回避を行い、着地した。


「流石忍者、察しもいいわねェ♥」


 ――金遁。金属の操作能力。極めて単純に、硬い。重い。鋭い。

 こっちは臓器刺されりゃ一発で致命傷だってのに、小さな起点から遠慮なく刃を生やしやがる。バケモノに刃物とか最悪な組み合わせだぜ。


 俺は、目の前の「口裂け女」の出鱈目ぶりに、ただ深いため息をつく以外になかった。

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