一八一八年

墨田狗夷

本文

(またか……)

 リチャードは持ち込まれた小説を読むと、その内容にうんざりした。

 またである。

 また、

(囚われのヒロインが……)

である。

(権力を持った悪漢が……)

である。

(古城が……)

である。

(幽霊が……)

である。

 似たような登場人物に代わり映えしない舞台、そこで展開されるありきたりな物語……。

 この手の作品をもうどれくらい読んだだろうか?

 一七六四年。もう五十年も前だが、このジャンルの嚆矢となった作品が出たとき、確かにその反響はものすごかったろう。

 その後、マシュー・グレゴリー・ルイスが書いた「マンク」が世間を騒がせたし、アン・ラドクリフの「ユドルフォの怪奇」「イタリアの惨劇」なども大衆を喜ばせ、その小説ジャンルは流行した。

 ただ、それは十八世紀末までの話だ。

 ゴシックロマンス。

 のちのことになるが、ある文献によると一七六〇年代から一八二〇年までの間に、このジャンルの小説は四千五百から五千点が世に出たという。

 十九世紀にもなると、新作が出たとしても同じパターンの内容に読者たちもさすがに飽きていた。

 だから、

(誰かゴシックロマンスに代わる、目新しい話は誰も書かないのか……いや、書かれたとしても、誰にも受け入れられないようなものでは……)

 リチャードはこれで悩まされていた。

 もうマンネリ化したゴシックロマンスは通用しない。

 かといって、先ほど挙げた、ルイスの「マンク」もそうだが、かの悪名高いマルキ・ド・サドが書いたような、過激で卑猥な作品でもダメだ。

 確かに刺激的だが、その刺激が強すぎる。

 作者が批判の矢面に立つだけならいいが、こちらまで巻き添えになり、販売禁止になるのはご免だ。

(どうしたらよいものか……)

 頭の中の霧は晴れない。

 こればかりは誰か、

(これは!)

と唸らせてくれる傑作を書き、自分のところに持ち込んでくれる者が現れるのを祈るほかない。

 つまり運頼みだった。

 その時、

「持ち込みか?」

 声をかけてきたのは同僚のジョンだ。

「ああ」

 リチャードは頷く。

「どういった話だ?」

と、尋ねられ、

「ある土地の領主が見目麗しい女性を見初め、是が非でも我が子と結婚させようと彼女に因縁をつけて、自らの住む古城に閉じ込める。そこで女性は幽霊を見たり、恐ろしい体験をする……」

 そこまで説明し、肩を竦めた。

「……ありきたりだな」

 そう同僚が言うと、

「ああ、ありきたりだ」

 ため息交じりにそう答えるしかなかった。

 するとジョンは、

「ところで、他のトコからこういうのが出たんだが、もう読んだか?」

 言って、一冊の本を、投げるようにして持ち込まれた原稿の上に置いた。

「まだ読んでないなら、ちょうどいい気晴らしになると思うぞ?」

 そう勧められてそれをちらりと見るが、リチャードは再びため息をつく。

「どうせゴシックロマンスだろ?」

 その言葉を肯定するようにジョンはこくこく頷くが、

「ゴシックロマンスなのは間違いないが、読んでみろよ?これはすごいぞ?」

 さらに勧めてきた。

 そこまで言われてしまうと興味が湧き、リチャードはその本の表紙を見る。

 タイトルにはこうあった……



「Frankenstein: or The Modern Prometheus」


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一八一八年 墨田狗夷 @inuisumida

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