孤独の月、星雪の光
@yamato1126
第一部
序 厄付きの皇子
夜が最も深くなる刻、蒼月は夢を見る。
――白い結界が張られた部屋。甘ったるい香の匂い。無数の手。浴びせられる冷たい水。自分に振り掛けられる塩。無表情の巫女たち。
「ああ、また厄付きの皇子が災いを呼んだ」
「お前がいなければ、上手くいったのに」
その言葉を何度聞いただろう。
痛みとともに、蒼月はただ黙って目を閉じた。
そうすれば、誰も自分に期待しない。
誰の心も、もう、要らない。
結界が張られた部屋の中で、ただ自分の寿命が尽きるのを待つ。
それが、「厄付き」と呼ばれ、宮廷の奥深くに閉じ込められた彼の日々だった。
閉じ込められた部屋からは見えぬ朝日が、東の空を染め上げる頃、蒼月は目覚めた。
「殿下……よろしいですか」
外から、躊躇うような声が聞こえた。
「洸か。入れ」
失礼いたします、と言って、戸を引いた蒼月の従者、洸は蒼月に一通の書簡を差し出した。封蝋には皇帝・藍景帝の印があった。
「陛下からでございます。殿下の婚姻についてだそうで……」
紙を広げると、しばらくして蒼月は首を捻った。
「姜家の娘……?聞いたことのない家の名だな」
「姜家は山奥に住む……、その……巫女の一族でございます」
躊躇いがちに視線を伏せた洸は、申し訳なさそうな声で言った。
「ほう。俺の厄が怖くてたまらんと見えるな。婚姻相手まで巫女をあてがうとは……。父もずいぶん慎重になったものだ」
皮肉げに言い放ち、机に手を置く。
「殿下、陛下のお耳に入れば処刑ものですよ」
「構わん。父も俺を廃する口実ができて喜ぶだろうさ。……だが、こんな離れの部屋の会話を、誰が聞く?」
そう言った蒼月が返答の筆を取りかけたとき、外からまた声がかかった。
「祓いの時間でございます」
夢から覚めたばかりなのに、またあの悪夢が現実となる。
「入れ」
静かに障子を開けて黒い儒珺を纏った巫女は一礼すると蒼月の前に進み出た。
顔を覆う
「また、宮中の巫女が入れ替わったか。少しは礼儀がなっている」
巫女は何も答えず、手早く祓いの道具を並べる。
清めの塩、香炉、水瓶、そして――儀式用の短剣。
冷たい刃が、蒼月の右手に添えられた次の瞬間。
巫女は、何の躊躇もなく皮膚を裂いた。
じわり、と血が滲む。赤い血がぽたりと畳に落ちた。
「洸、下がっていてくれ」
震える声を押し殺して、蒼月は静かに言った。これ以上、唯一心を許せる洸にこんな光景を見せたくなかった。
巫女の手は止まらない。血を清めの布で拭い、香を焚き、唱文を紡ぐ。その声には、情も何もなかった。
凍えるほどに冷たい水を頭から浴びせられ、塩を撒かれる。
――まるで”お前は人ではない”とでも言うように。
蒼月は顔を背けた。
「……巫女、など」
小さく、誰にも届かぬ声で呟いた。
「この世から、いなくなればいい」
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