第51話 『合否の狭間、揺れる未来』

 二月下旬。私立大学の入試期間も終わり、生徒たちは私立の合否発表に一喜一憂していた。廊下や教室では、歓喜の声が上がったり、あるいは落胆の溜息が漏れたりする。大学入学共通テストの手応えはあったものの、私立の合否はまた別問題だ。合格した者は安堵に胸を撫で下ろし、不合格だった者は焦燥感を募らせる。そして、国立大学を志望する者にとっては、間もなく控える二次試験へのプレッシャーが重くのしかかっていた。西山和樹もまた、自身の合否と、友人たちの結果に心を揺り動かされながら、この嵐のような日々を過ごしていた。


 その日の放課後、和樹が自習室で二次試験の対策をしていると、スマートフォンが震えた。メッセージの通知だ。

 『和樹くん!私、〇〇大学、合格したよー!』

 画面に表示されたのは、山本結衣からの明るいメッセージだった。和樹は思わず笑みをこぼした。結衣はバスケットと受験勉強を両立させながら、常に明るく前向きだった。彼女の努力が実を結んだことに、和樹は心から喜びを感じた。

 すぐに返信すると、立て続けに他の女子たちからも連絡が入った。佐々木梓、小林遥、高橋梨花、伊藤楓。彼女たちも次々と私立大学の合格を知らせてきた。皆、地元の国立大学を第一志望としているため、私立の合格はあくまで滑り止めだが、それでも大きな安心感をもたらす。それぞれのメッセージには、喜びと、そして和樹への感謝が込められていた。中には、「和樹くんのマッサージのおかげだよ!」「今度、合格のお祝いに、もっと気持ちいいことお願いしてもいい?」といった、和樹との秘密の関係を示唆する内容も含まれていた。和樹は彼女たちの合格を喜びつつも、それぞれの言葉に込められた「癒やし」や「特別な時間」への要求に、複雑な思いを抱いた。


 しかし、全員が喜びに浸っているわけではなかった。和樹の隣の席で自習していた男子生徒が、スマートフォンを握りしめたまま、うなだれていた。不合格だったのだろう。その姿を見て、和樹は、合格の裏には必ず不合格があるという現実を改めて突きつけられた。


 その日の夜、和樹は月島咲良の自宅にいた。咲良もまた、私立大学の合格発表を終えたばかりだった。和樹が訪れると、咲良はリビングのソファに深く身を沈め、どこか力のない表情で和樹を迎えた。彼女の第一志望である国立大学工学部情報工学科は、私立の滑り止めも順調に合格していた。

 「西山くん、来てくれてありがとう」

 咲良の声は、普段の涼やかさとは異なり、少しだけ震えていた。和樹が彼女の隣に座ると、咲良は和樹の腕にそっと頭を乗せた。その身体は、合格の喜びと、二次試験への不安が混じり合い、どこか熱を帯びているようだった。

 「咲良、お疲れ様。合格、おめでとう」

 和樹が優しく声をかけると、咲良は小さく頷いた。

 「うん……ありがとう。でもね、西山くん……正直、まだ安心できないの。国立が、私にとっては本命だから」

 咲良の言葉には、国立への強いこだわりと、二次試験への大きなプレッシャーが込められていた。和樹は、彼女の頭を優しく撫でた。

 「大丈夫だよ、咲良ならきっと合格できる。俺がついてるから」

 和樹が言うと、咲良は和樹の腕を強く掴んだ。

 「うん……和樹君がいてくれたら、きっと大丈夫……。ねえ、西山君……私、二次試験が終わったら、あなたのこと、もっと、もっと近くに感じたい。全部、あなたに任せたいの」

 咲良の言葉は、以前にも増して明確な「要求」を含んでいた。彼女の瞳は、潤んで、和樹の奥底を見つめていた。その視線には、和樹への深い信頼と、二次試験を乗り越えた先にある、二人の未来への切実な期待が宿っている。和樹は、彼女の真剣な眼差しに、抗うことはできなかった。咲良への愛情と、彼女との揺るぎない未来が、和樹の心を強く満たした。


 その夜、和樹は咲良の身体を、これまで以上に丁寧に癒やした。私立大学の合否という一つの区切りを終え、いよいよ公立大学の二次試験へと向かう、張り詰めた期間。和樹は、咲良の精神的な支えとなるべく、全身のマッサージに力を込めた。優しく触れるたびに、咲良の身体が和樹に吸い付くように反応し、快感に身をよじる。それは、単なる行為以上の、二人の絆を深める時間だった。


 和樹は、咲良との関係が、他の女子たちとのそれとは根本的に異なる、特別なものであることを改めて自覚した。彼の片思いは、報われた。そして、これからは、咲良との揺るぎない未来を築いていく番だ。他の女子たちとの「深いリラクゼーション」は、彼女たちにとって受験を乗り切るための「支え」ではあったが、咲良との関係の前では、その位置づけが変わっていくことを、和樹は心の奥底で感じ始めていた。合格発表の喜びと、不合格の悲しみ。そして、未来への期待と不安が交錯する中で、和樹の心は、咲良という「本命」へと、強く傾き始めていた。


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