第26話 『文化祭の喧騒と、秘めたる視線』

 九月下旬。夏の暑さが名残惜しいかのように残る中、県立富岳高校は、一年で最も華やかな祭典――文化祭の熱気に包まれていた。各クラスの出し物や部活動の発表、模擬店が立ち並び、校内は生徒たちの活気で満ち溢れている。西山和樹は、クラス委員として、模擬店の準備に追われながらも、どこか浮かれた気分でいた。それは、文化祭という非日常的な空間のせいだけではない。この夏、彼と一部の女子たちとの関係は、決定的な一線を越えたのだ。


 クラスの出し物は、お化け屋敷だった。和樹は力仕事を担当し、重い資材を運んだり、薄暗い通路を組み立てたりしていた。休憩中、冷えたペットボトルを片手に、クラスの様子を眺める。月島咲良は、クラス委員の相棒として、指示を的確に出しながら、細やかな作業をこなしている。その横には、佐々木梓もいた。彼女は美術部の協力を得て、お化け屋敷の装飾を担当しており、普段の知的な雰囲気とは異なる、活発な姿を見せていた。


 和樹がペットボトルの水を飲んでいると、梓がそっと隣に寄ってきた。

 「西山君、お疲れさま。重いものばかり運んで、肩が凝ってない?」

 梓はそう言って、和樹の肩を心配そうに見上げた。その視線には、以前のような遠慮はなく、和樹との間に共有された秘密が、確かな絆として存在していることを感じさせる。和樹は、彼女の瞳の奥に、あの夜の甘い記憶が宿っているのを見て取った。

 「ああ、大丈夫だよ。梓も、細かい作業で目が疲れたんじゃないか?」

 和樹が優しく言うと、梓は小さく笑った。彼女の指先が、和樹のブレザーの袖に、一瞬だけ触れた。その微かな接触が、和樹の心臓を大きく跳ねさせた。梓の身体から漂う、甘く、誘惑的な体臭が、和樹の鼻腔をくすぐる。それは、あの夜の彼女の匂いだった。

 「ふふ、大丈夫。和樹君のことなら、いつでも癒やしてあげられるから」

 梓の言葉は、他のクラスメイトには単なる冗談に聞こえるだろう。しかし、和樹と梓の間には、二人にしか分からない、深い意味が込められていた。彼女の言葉に、和樹は、自分と梓の間に、もう誰にも踏み込めない特別な絆が生まれたことを実感した。


 その後、和樹が体育館へと向かう廊下で、小林遥とすれ違った。遥はテニス部の出し物で、模擬カフェの店員をしているらしく、可愛いエプロン姿だった。彼女は和樹を見つけると、少し照れたように、しかし満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。

 「和樹くん!お疲れさま!模擬カフェ、来てくれたら、サービスするね!」

 遥の声は、いつも通りの明るさだが、その瞳には、梓と同じように、和樹との間に共有された秘密が宿っている。彼女の指先が、和樹の腕に、一瞬だけ触れた。その指先から伝わる、熱を帯びた感触が、和樹の肌に焼き付いた。遥の身体から漂う、甘酸っぱい、青春の香りが、和樹の嗅覚を刺激する。それは、あの夜の彼女の匂いだった。

 「ありがとう、遥。後で行くよ」

 和樹が答えると、遥は満足そうに頷き、去っていった。和樹は、遥との間にも、また一つ、忘れられない絆が刻まれたことを感じていた。


 文化祭の喧騒の中、咲良はクラス委員として、和樹の隣でテキパキと指示を出していた。彼女は和樹の忙しさを見て、労うように言った。

 「和樹、疲れたら言ってね。あなた、いつも頑張りすぎなんだから」

 その言葉は、和樹の心に温かく響いた。咲良は、彼のマッサージの秘密を知らない。それでも、和樹の身体を気遣ってくれる彼女の優しさに、和樹は変わらぬ愛情を感じていた。咲良の隣で、他の女子たちとの関係を隠していることに、和樹は少しだけ罪悪感を覚えたが、同時に、彼が彼女たちにとってどれほど特別な存在であるかを実感し、複雑な感情を抱いた。


 一方、文化祭を楽しむ他の女子メンバーたち――高橋梨花、山本結衣、伊藤楓――は、梓や遥の和樹に対する態度を、注意深く見ているようだった。彼女たちは、まだ初体験を共有していない。しかし、和樹との性的マッサージを通じて、彼への身体的、精神的な依存は深まる一方だ。

 休憩時間、女子たちが集まって話しているのが、和樹の耳にもかすかに聞こえてくる。

 「ねえ、梓と遥って、最近、和樹くんとすごく仲良いよね?なんか、雰囲気変わったっていうか……」

 結衣が興味津々に言った。

 「わかる!なんか、艶っぽくなったっていうか……。和樹くんのマッサージって、そんなにすごいのかな?」

 梨花が続く。彼女たちの瞳には、好奇心と、そして自分たちも同様の「特別な体験」を望むような光が宿っていた。和樹は、彼女たちの視線を感じながら、自分の「癒やしの手」が、すでに彼女たちの間で、単なる疲労回復以上の意味を持っていることを無意識に察知した。


 文化祭の終わり、校庭で打ち上げ花火が上がった。夜空を彩る大輪の花火を見上げながら、和樹は、この夏、彼と女子たちとの間に築かれた、新しい、そして秘められた絆の重みを実感していた。初体験を終えた梓と遥。そして、その後に続くであろう梨花、結衣、楓との関係。咲良への変わらぬ片思いの感情と、複数の女子たちとの濃密な関係。和樹の青春は、誰も知らない秘密の道へと、確実に進み始めていた。

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