料理のタネ研究所
ちびまるフォイ
悪魔の契約
「お父さん、店にこんな紙が……」
「くそ……。借金取りの野郎だな。
営業妨害しやがって……」
父と娘で切り盛りしているラーメン店は苦境に立たされていた。
仕事を辞めて夢だったラーメンの店を開くも、
現実はそんなに甘くなく経営は立ち行かなくなり
悪い借金取りにも金を借りてしまう状態。
「もう店をたたむしか無いか……」
「でもラーメンはお父さんの夢だったんでしょ?
大丈夫だよ。それに常連さんも来てるし」
「それだけじゃ経営にはならないんだ。
ちゃんと人気が出ないと……。
父さんに美味しいラーメンを作る才能はなかったのかもな……」
「そんな……」
娘はスマホを取り出して、ある情報を見せた。
「お父さん。これ……頼れないかな?」
「なんだそれ? 料理研究所?」
「人気のレストランに料理の"タネ"を提供しているらしいの」
「レシピってことか?」
「凝縮された料理の元みたい。
一流人気料理店でもここのタネを水で戻しただけを提供してるくらい。
それほど美味しくて、誰もマネできない味なんだって」
「そんなのあり得るのか……?」
「うちのラーメンも人気にさせるにはココを頼るしか無いよ」
父親はその情報を紙にメモして父親はその場所へと向かった。
料理研究所と書かれていた。
「こんにちは……」
おずおず入ると、そこは料理というより科学実験室。
フラスコやら見たこと無い化学薬品やらが並んでいる。
「あなたがここの管理者ですか?」
「そうだが」
「ここの情報を見ました。ここではまだ世に出ていない。
けれど絶対に美味しい料理の種を販売しているとか」
「そのとおり。うちの研究所では世界古今東西。
あらゆる科学と食材を組み合わせて、最高にして未知の料理を作っている」
「お願いです! うちのラーメン店は今もう限界で!
ここの料理の種を使えばきっと売れると思うんです!」
「別にお前の店の状況なぞどうでもいい。
こっちが断る気もない」
「本当ですか! それじゃ……」
「ただし、うちのタネを使いたいなら
あんたのいちばん大事なものを差し出してもらうルールだ」
「えっ……」
「うちにやってくるやつは多い。金にも困ってない。
だから一番大事なものを毎回差し出してもらっている」
「だ、大事なもの……」
脳裏で真っ先に浮かんだのは自分の娘だった。
「ムリに決まってるじゃないですか!
大事なものを失って、人気店になったとしても
それがなんになるんです!?」
「なら帰ることだ。身を切ることもできないやつに、
うちの料理のタネを渡すことはない」
わらにもすがる思いでやってきたのに、
父親はなにも持ち帰らないままラーメン店に戻ってしまった。
娘にはそもそも料理研究所を訪ねなかった、と誤魔化そう。
そんな言い訳を考えていたが、店に戻るなり考えが吹っ飛んだ。
「なっ……なんだこれ!?」
店のガラスは割られ、椅子はあっちこち倒れている。
店内には悪い借金取りが暴れていた。
「おうおうおう。いつになったら金返してくれるんじゃ!」
「すみませんっ。月末には……」
「こっちは今すぐ払ってもらわんと困るんじゃ!!
さもなくば、借金のかてとして……」
「きゃ!?」
「あんたのところの娘をいただこうかなぁ。
まだ若いしいくらでも稼げる場所はあるだろ」
「やめてください! 娘には! 娘にはどうか!」
「嫌なら金かえせ!! それだけだろボケ!!」
「すみません、すみません! どうかどうか今だけは……!」
その日はなんとか借金取りには帰ってもらった。
それもあくまで一時しのぎにしかならない。
「いったいどうすればいいんだ……」
店を畳んだとしてもすべての借金は返せない。
間違いなく借金取りたちは追いかけてくるだろう。
借金を返すためにはラーメン店を繁盛させる必要があるが、
絶対に売れる料理の秘訣を教えてくれる研究所には頼れない。
料理を得る代わりに娘を失う。
だが、このままでもどっちみち借金取りに娘は奪われる。
どちらに転んでも自分の大事なものは失う結末。
三日三晩悩んだ父親だったが、
せめて悪い借金取りに渡されるよりはいいと
料理研究所のほうにふたたび足を運んだ。
「おや? あんたは前の」
「覚悟をきめました……。
ただし約束してください。絶対に売れる料理を提供すること。
そして、娘にはひどいことをしないと」
「何の話だ。まあいい。
ここで提供する料理のタネは本物だ」
「それじゃ、私のいちばん大事なものを差し出します。
その代わり、まだ世に出ていない美味しいラーメンのタネをください!」
「……それならすでに渡したが?」
「えっ!? 品切れってことですか!?」
「いいや、うちにはバリエーションがいくつもあるから品切れは存在しない。
すでにお前の娘に渡したと言ったんだ」
「へ」
「彼女のいちばん大事なものもすでにお代として受け取っている」
男はひとつの写真立てを見せた。
父親と娘、そして生前の母が3人で一緒にいる写真だった。
父親はしばらく泣き崩れた後、店に戻った。
その後、店は大繁盛となった。
いまだ誰も味わったことのない未知のスープ。
信じられない食感の麺。
どう調理しても再現できないチャーシュー。
あらゆる未知が注ぎ込まれたラーメンは大人気。
もう店に借金取りが近づくこともなくなった。
けれど父親はまだ自分のラーメン作りを諦めていない。
自分が考案したラーメンだけで店を回せたとき、
料理のタネを返却して写真を取り戻す日のために研究を続けている。
料理のタネ研究所 ちびまるフォイ @firestorage
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