ホワイトリリィの咲く頃に

 タイムリミットは今日の朝まで。それが、私と唯夏ゆいかがこの世界にいられる時間の上限。


「ねぇ......唯夏」

「うん、なぁに?」

「私のことを、いっぱい、考えてくれてありがとう。私のことを、助けようとしてくれて、本当に助けてくれて、ありがとう。今の私なら、出来ると思う」

「ふふふっ......よかった」


 唯夏の目には、一筋の涙が流れていた。私は、唯夏を優しく、もう一度抱きしめた。


「ねぇ......唯夏、あのさ」

「うん」

「もう......さ、私は......もう、唯夏と一緒に居ていいんだよね?」

「うん、そうだよ」

「じゃあ、じゃあ......さ.........」

「うん」

「もう、恋人として、接していいんだよね?」

「ふふっ、もちろん」


 唯夏は私の前で、ニコッと笑って見せた。それは、ただひたすらに純粋て、無垢で、儚かった。


「......ずっと......ずっと......ずっと......会いたかった......ずっと、会いたかったの......」

「うん」


 涙が、ボロボロと私の目からあふれでていた。ずっと、ずっと抑えていたものが、全てあふれ出していた。


「だから......会えて、うれしくて、もう、会えないと思ってたから......」

「そうだよね、ごめんね」

「でもね、でもね、だからこそね、本当に、本当にありがとう。こうして、会いにきてくれて」


 まるで小さい子が泣きじゃくるかのように、私は唯夏に泣きついていた。ぐちゃくちゃになった声を整えて、心を落ち着かせてから、言葉を伝える。


「唯夏、大好き」


 そこには、少しの静寂が流れた。唯夏も唯夏で、どうやら涙をこらえていたようだった。唯夏も、少しずつ、私と同じように涙をこぼした。


「小夏ちゃん、わたしも......大好き」


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


「ふぅ......まさか、最後にするのが屋上になるなんてね~」

「.........まぁ、そうね。予想外」


 今は夏、いちおう夜も蒸し暑いため、たとえ全裸であっても、冷えることはなかった。いやまあ、全身を動かしているわけだからっていうのもあるだろうけれど。

 私はチラリと唯夏の方を見る。つい数分前まであんな顔をしていたと思うと、もう一度したくなってしまいそうだった。

 だけれど、それこそ、永遠という無理難題への欲求の第一歩であって、踏み出したくないものだった。


 そうして、私と唯夏は屋上のフェンスを乗り越えて、フェンスがない場所に立つ。1メートルほどのそれなりの幅に、二本の足で立っていた。

 唯夏と向き合い。両手を繋いだ。最後の繋がりを確認する時間。もう、日は昇り始めていた。


「ねぇ、唯夏、最後にさ、くだらない質問してもいい?」

「うん、いいよ」

「私たちってさ、これ以外に選択肢はなかったのかな」

「ふふっ、うん。そんなものは無いよ」


 唯夏は、嬉しそうに答えた。


「わたしも小夏ちゃんも、この運命から逃れられないの。だってこれは、わたしたちが望んで掴んだ運命だから」


 ニパッとした笑顔を私に向ける。その姿を永遠に守りたいと思った。


「ふふっ、うん......うん。そうだね、ありがとう、唯夏。私はもう、大丈夫」


 頬に穏やかな風が当たる。私の時間は、動き出していた。


「それじゃあ、行こっか。小夏ちゃん」

「うん、行こ」


 私と唯夏は、最後のキスをする。朝焼けが私たちを祝福してくれるかのようだった。

 最後のキスまで甘い甘いキスだった。


「ふふっ、小夏ちゃん、好きだよ」

「私も、好きだよ、唯夏」


 お互いの両手を背中へ回して、お互いの顔を見つめ合いながら、私と唯夏は体を傾けて、屋上を離れた。命が終わりを迎える最後の時まで、私の世界は唯夏で満ち溢れていた。


 明るい自殺だって、言葉のどこかにはあるはずよ。いつかの記憶。唯夏が私に言った言葉。


――私たちは、ずっと一緒に

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ホワイトリリィの咲く頃に 神田(Kanda) @kandb

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