青春お化け

@himeturu

青春お化け

 

私は日光が嫌いだ。特に寝起きの、カーテンの隙間からこちらを伺っているかのような日光。私が寝ている時ですら。誰かに見られているようで、私にとって朝は監視の始まりだった。それが嫌で。私はいつからかクローゼットの中で眠るようになった。

だから私は今日も偽りの暗闇で目を覚ます。扉の隙間から入ってくる微かな日光に嫌気を感じながら、恐る恐る、機嫌を伺うように扉を開ける。

今日の天気は快晴だった。

つまり、私が一番世界に馴染めない日だ。


 いくら日光が嫌いだと言っても、生きている以上は外に出ないわけもいかない。お母さんから頼まれたお使いを済ませるために、私は坂道を歩いていた。日光が煩わしくて、帽子を深くかぶりなおす。暑いと言うよりは、痛いと言える煩わしさ。私にとって日光は隠れることを許されず、ずっとこちらを見つめてくる視線なのだ。

「・・・お天道様が見てるって、こういうことなのかな」

別に悪いことをしているわけでもないのだけど、むしろお使いの途中なのだけれど。

そんな益体のないことを考えていると、目的地である駄菓子屋に辿り着いた。私のおばあちゃんが営んでいるお店で、お使いというのはお母さんからおばあちゃんに薬を届けるとというものだった。店の前のベンチには人が座っていた。私より少し年上に見える男の人で。片手に棒アイスを持っていた。周りに人はおらず、若い男の人が一人で駄菓子屋にいるのを珍しいと思った

ふと、その人がこちらに目を向ける。

「暑いね」

「・・・暑いですね」

いきなり話しかけられて驚いたが、何とか言葉を返す。その人は私の驚きに気付く様子はなく、言葉を続ける。

「まぁでも、こうも清々しい快晴だと気持ちがいいね。」

本当に気持ちがいいのだろう。その人は額に汗を浮かべながらも、笑顔で語っていた。

「そうですかね」

「ん?君は晴れの日が嫌いかい?」

「・・・嫌いですね。監視されてるみたいで」

「へぇ。それはまた独特な感性だね」

「おかしいって思いますか?」

「いや思わない。むしろ感心してる」

「感心、ですか?」

「うん。俺から見たら晴れの日は気持ちがいいものとしか見えない。それを監視だと捉える君の感性に感心したんだ。俺の年になると。感性も衰えてしまうからね」

「お兄さんは私とそんなに年が変わらないように思いますけど」

「はっはっは。それは誉め言葉として受け取っておくよ」

そういいながらお兄さんは手に持っていたアイスをパクっと食べた。

「でもね、実際のところ、俺はもう晴れの日を気持ちのいいものとしかとらえられないんだ」

「良いことなんじゃないですか」

「そうだね。だけどこれは。俺には未知を感じれなくなってるってことなんだ。生きてる中で感じてることが右から左に流れていく情報でしかない。新しいことを発見する力っていうのが衰えてしまっているんだよ」

「・・・私は別に、自分の感性豊かであるなんて思いませんよ」

「人間、自分の持ってないものには惹かれるものだろ?」

「逆に君はどうして日光が嫌いなんだい?」

言われて言葉に詰まる。他人に日光が嫌いな理由を話したことがなかったからだ。改めてお兄さんを見る。お兄さんはこちらを向いて微かに微笑んで、私の言葉を待っているようだった。そんな顔を見ていると、なぜだか話してもいい気分になった。

「私はお化けになりたいんです」

「お化けって、化けて出るお化け?」

「そのお化けです。私は誰にも覚えられたくないんですよ。一か所にとどまらず、ふわふわと漂って。そこで出会った人と少しだけ時間を過ごしたら、また別の場所に漂っていく。そんなお化けになりたいんです。だから、日光が嫌いなんです。光に照らされてしまうと、ふわふわとしたお化けが確かなものになってしまうから」

「なるほど。青春だね」

「・・・お兄さんから見たら、そうかもしれませんね」

「ああいや、ごめんごめん。気を悪くさせるつもりはなかったんだ。俺が言ってるのは、その在り方の話だよ」

「どういうことですか?」

私は自分のお化けになりたいという志しが青春に通づるなんて考えたことがなかった。

「俺は青春っていうのは、次々と新しいことに挑戦していくことだと思うんだ。君の特定の居場所を持たず、同じ人と関わらないっていうのは、常に新しいことに目を向けてるっていう風にもとらえられるだろ?だから、青春のお化けだなと思ったんだ」

「青春お化け・・・」

その言葉は私の胸の内にストンと落ちた。自分の志す生き方をこんな風に好意的にとらえたことはなかったけれど、青春お化けというのには悪くない響きを感じた。


それなりの時間話し込んでいたようで、気づけばお兄さんの手のアイスはただの棒になっていた。

「それじゃあ。俺はそろそろ行くよ。こんな精も根も枯れたおじさんの話に付き合ってくれてありがとうね」

そう言って立ち去ろうとするお兄さんの背中に、思わず私は声をかけていた。

「あの!少し待っててください」

訝しげに振り返ったお兄さんを横目に、私は急いで店に入り目的の物を買う。

「これ。受け取ってください」

私はお兄さんに二つ一セットのアイスの半分をお兄さんに渡した。

「これは?」

「・・・青春お化けから、青春のおそそわけです」

そう言うとお兄さんは目をパチクリさせたあと。ニヤッと笑った。

「それはそれは、ありがたく頂戴するよ」

お兄さんはアイスを開ける。私もそれにならって、アイスを口に運ぶ。

ツンとした冷たさと、爽やかな甘さが口に広がる。蝉がジンジンと鳴いていた。


 ゴンッと頭をぶつけながら目を覚ます。寝起きで朦朧とした頭で、見覚えのない景色に首をかしげる。自分はどこで寝ていたのだっけ?

しばらくボーっとしていると徐々に記憶が蘇ってくる。そうだった私は風呂場で寝ていたのだった。なぜ風呂場で寝ているのか、それに大した理由はない。ただ、新しいことをしてみたくなっただけだ。お風呂場のドアを開ける。窓からは私を逃さないかのような日光が入り込んでいた。

どうやら今日も快晴だ。

だけど、昨日までの憂鬱だった快晴も、今なら悪くないと思える。

なぜなら、よく晴れた日にこそ、青春お化けは潜んでいるのだと知ったから。

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