母の死に目に会えなかった運命と納得 青澤影苦労シリーズ

赤澤月光

第1話 母の死に目に会えなかった運命と納得


母の死に目に会えなかった運命と納得。これはフィクションです。


私の名前は青澤影苦労。親が「影で苦労できる人間に」と名付けたが、正直言って恨みがましい。もっと普通の名前が良かった。


今年の3月27日、私は母と会う予定だった。小学6年の時に両親が離婚し、母は再婚相手を一昨年に亡くして、田舎で一人暮らしをしていた。昨年の暮れに腰の骨を折り、入院した際に末期がんが見つかったと聞いた。


「会いたくない」と言っていたらしい母だが、遺書や墓の問題などすべて頼んでいた団体から連絡があり、病院から退院して入った施設に行く約束をした。医者からは「先は長くない」と言われ、本人も「死にたい」と漏らしていたという。


しかし、その日の朝、私の持病である蜂窩織炎が突然発症した。足にばい菌が入り、38度以上の熱が出て、母との面会は中止せざるを得なかった。連絡した矢先、夕方に「母が亡くなった」と知らせを受けた。


その後、母の火葬には出席し、遺言通り相続金も受け取った。だが、心のどこかで引っかかりがあった。親孝行もできず、最後に苦しんだのではないかという後悔が消えなかった。


58歳の今、両親を亡くしたばかりの私は、漫画家志望のフリーター。ADHD持ちのダメ人間で、亡くなった親族の年金で何とか生活している。カクヨムに投稿した「ノッペラボウ」テーマの女体化小説は不人気で、次の題材に悩んでいた。


そんなある夜、私は奇妙な夢を見た。


「影苦労、来たね」


白い光の中に母が立っていた。若かりし頃の姿だ。


「母さん...最後に会えなくてごめん」


「それがね、実は良かったのよ」


母の言葉に驚いた。


「あなたが来る予定だった日、私は怖かったの。何を話せばいいのか、どんな顔をすればいいのか...」


「でも、会いたかったよ」


「私もよ。でも、あなたが来られなくなったとき、不思議と安心したの。そして『ああ、これでいいんだ』と思った」


母は微笑んだ。


「あなたが蜂窩織炎になったのは偶然じゃないわ。私たちの縁はそういうものだったの」


「どういうこと?」


「私が入院した日、あなたも体調を崩していたでしょう?あなたが仕事で挫折した日、私も転んで怪我をした。私たちは離れていても、不思議な絆で繋がっていたのよ」


確かに、母が言うような奇妙な一致は何度もあった。


「最後に会わなかったことを後悔しないで。あなたが来なかったから、私は穏やかに逝けたの。会っていたら、きっと取り乱していたわ」


「でも...」


「あなたの名前、影苦労。本当は『影で支える強さを持つ人に』という願いを込めたのよ。お父さんが勝手に『苦労』と解釈したけど」


そう言って母は笑った。初めて聞く名前の真意に、胸が熱くなった。


「あなたの書きたいものを書きなさい。犬のフンでも何でも。でも、本当はもっと書きたいものがあるでしょう?」


目が覚めると、枕が涙で濡れていた。窓から朝日が差し込み、机の上の原稿用紙が風で揺れていた。


その日から、私は母との思い出を小説に書き始めた。タイトルは「母の死に目に会えなかった運命と納得」。


不思議なことに、母が亡くなった3月27日は、私が初めて漫画を描いた日でもあった。偶然か必然か、私たちはいつも繋がっていたのだ。


母の死に目に会えなかったことは、もう後悔していない。それが私たちの運命だったのだから。


そして今、私は母から託された本当の意味での「影苦労」として、自分の物語を紡いでいる。

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