第14話 敵討ち

 結局、おばさんに確認したものの無意味だった。リビングで洗濯物を畳むのを手伝いながら訊いた。彰吾くんは階段から落ちて怪我をしたと学校側から説明を受けたものの、誰かが押したとか、そんな話はなかったし、本人からも聞かなかったと言う。自分の不注意で落ちたと言ったらしい。

『本人は言いたくなかったのかも知れないし、親に知られたくなかったのかも…』と俯きながら言う。

 自分のせいで親が離婚したと思っていたとしたら、そうだろう。

「でも、空ちゃん、それを知ってどうするの?」と伯母さんに聞かれた。

 復讐したいなんて言えなかった。

「あ…。何となく…そう思っただけで。ちょっと気になったから」

 伯母さんは洗濯物を横においやり、ため息をついた。

「ねぇ、空ちゃん。私がこんなことを願うのはおこがましいけど、空ちゃんは普通に幸せになってほしいの」

 普通。

 バスタオルをぎゅっと握る。

「伯母さん…」

 私は普通じゃない。そんな私が普通の幸せを望めるなんて思ってない。

「あ、ごめんなさい」

 伯母さんが慌てて謝ったのは私が涙を溢していたからだ。溢れる思いが知らない間に涙になっていた。

「それは…無理だよ」

 残酷な言葉を初めておばさんに言った。意図して傷つけると分かっていても、口にした。

「空ちゃん…」

「だって、私、普通じゃないもん」

 この人にぶつけるべきじゃないと分かっていたのに、私は止まらなかった。

「ごめんなさい」

 どうしてだろう。更衣室のシャワーで芽生えた怒りが収まらない。

『思い出さなくていい』

 思い出してしまった私はもう平穏じゃいられなかった。

(どうして彰ちゃんが、どうして心太のお父さんが、そして私が…)

 怒りが何も考えられなくする。

 一度、思い出したものはもう忘れられない。

 私はお腹の底から何かが込みあげてくる。怒りと悲しみが同時に体中を支配して、髪の毛が逆立つように鳥肌が立つ。

 持っていたバスタオルを顔に当てて、声を押し殺す。何かが出そうだった。

「空ちゃん」

 伯母さんの声が聞こえたかと思うと、私はバスタオルごと抱きしめられていた。驚いたが、温かさがじんわりと伝わってくる。

 私は声を上げて泣いた。

 傷ついていたことも、怒りも、哀しみも私の裡にあって、ずっと眠っていた。全部が溢れてくる。

 まるで子どもみたいに、ただ泣いた。どうしていいのか分からないし、私は何をすればいいのか分からない。苦しくて、辛くて、ただ悲しい。

 そして伯母さんから伝わってくる温かさだけぼんやり感じていた。

 私はずっとこうして欲しかった。

 誰かに抱きしめられたかった。

 そう、愛されたかった。


「で、空は気が済んだ?」

 目の前に缶ジュースを差し出される。川沿いの公園で心太と会った。伯母さんに醜態をさらしてから、少し、お互い距離が縮まったように感じてはいる。

「言わなくていいこと言っちゃって。でも…自分でも何だか止められなくて」

 ちりちりと熱さが頬を刺す。

「日陰のベンチに行こう」と私は立ちあがる。

「…っていうか、カフェに行けばいいのに」

 心太はバイト前だというのに私の愚痴を聞いてくれる。

「ねぇ、犯人って生きてる?」

「犯人…無期懲役だって」

「それって生きてるってことだよね」

「…空? 物騒なこと考えてる?」

「敵討ちできる時代だったらいいのに」

 大きく安堵のため息を心太が吐き出す。

「敵打ちしたとて、空の細腕だったら、返り討ちにあうよ」

「じゃあ、今から鍛える」

「俺がするよ」

「え?」

 心太が私をまっすぐに見る。そして決心したように言葉を吐き出す。

「敵討ち」

「一緒に?」

「どうかな」

 少し考えるように言う。

「心太は押さえてて。私がずぶりと心臓を突くから」

「じゃあ、はい。やって見て」

 心太は犯人を捕まえた振りで両肘を上げている。私は包丁を両手で握るようにする。心太のお父さん、彰吾君を殺して、私を…壊した人。

「ほら、空、早く」

 顔を上げて、心太を見る。

 そこに犯人はいない。ただの空気だ。

 それでも両手を握り締めた。

『空ちゃん』

 あの声がする。

 私は振り返った。誰もいない。風が通って、公園の木々が揺れた。

「私…」

「空…。俺の父さんの死を無駄にするなよ」

 そう言って、心太は両手を下した。

「バイト…行くから」

 そう言って、心太は私の肩を軽く叩いて、通り過ぎていく。私は動けなかった。熱くて眩暈がしそうになって、ベンチに戻る。私の鞄と心太がくれた汗をかいているジュース缶が残されている。今、蝉の声がしていたことに気が付いた。

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