第3話 兄が知らなかった妹の顔

放課後の校舎裏。

体育館の影に、あいつが立っていた。


見慣れたはずの後ろ姿──なのに今日は、どこか違って見えた。


いつもなら、紺に近い濃いブルーのカーディガンを羽織ってる。

完璧な妹にふさわしい、冷たく澄んだ色。


でも今日は、柔らかいクリーム色だった。


わけもなく、息苦しくなった。


「……ううん、大丈夫。……うん、うん……また、2位だった」


誰かと話していた。

ケータイ──いや、スマホ。

妹の手が微かに震えていたのを、俺は見逃さなかった。


声のトーンも、いつもの“勝者の余裕”じゃなかった。


「……何が、足りないんだろ……」


聞きたくなかった。

聞いてはいけない気がした。


そっと背を向けて、その場を離れる。


夕焼けが、校舎を真っ赤に染めていた。



家に帰ると、妹はいつも通りだった。

スマホをぽんと置いて、台所から「ごはん、もうすぐできるよ」なんて言ってくる。


何事もなかったかのような声。

あの校舎裏の影は、どこにも見当たらなかった。


「……おまえ、さ」


思わず口を開いた。


「……あ?」


「……いや、なんでもねえ」


妹は振り返らなかった。


ただ、味噌汁の鍋をかき混ぜながら、ぼそっと言った。


「お兄ちゃんってさ、最近ちょっと優しいよね」


俺はそれに返事をしなかった。


心臓の奥が、なんか、くすぐったかった。


あの影の表情を、俺しか知らない。


いや、もしかしたら──

俺は今日、初めて“妹の顔”を見たのかもしれない。

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