第3話 兄が知らなかった妹の顔
放課後の校舎裏。
体育館の影に、あいつが立っていた。
見慣れたはずの後ろ姿──なのに今日は、どこか違って見えた。
いつもなら、紺に近い濃いブルーのカーディガンを羽織ってる。
完璧な妹にふさわしい、冷たく澄んだ色。
でも今日は、柔らかいクリーム色だった。
わけもなく、息苦しくなった。
「……ううん、大丈夫。……うん、うん……また、2位だった」
誰かと話していた。
ケータイ──いや、スマホ。
妹の手が微かに震えていたのを、俺は見逃さなかった。
声のトーンも、いつもの“勝者の余裕”じゃなかった。
「……何が、足りないんだろ……」
聞きたくなかった。
聞いてはいけない気がした。
そっと背を向けて、その場を離れる。
夕焼けが、校舎を真っ赤に染めていた。
◆
家に帰ると、妹はいつも通りだった。
スマホをぽんと置いて、台所から「ごはん、もうすぐできるよ」なんて言ってくる。
何事もなかったかのような声。
あの校舎裏の影は、どこにも見当たらなかった。
「……おまえ、さ」
思わず口を開いた。
「……あ?」
「……いや、なんでもねえ」
妹は振り返らなかった。
ただ、味噌汁の鍋をかき混ぜながら、ぼそっと言った。
「お兄ちゃんってさ、最近ちょっと優しいよね」
俺はそれに返事をしなかった。
心臓の奥が、なんか、くすぐったかった。
あの影の表情を、俺しか知らない。
いや、もしかしたら──
俺は今日、初めて“妹の顔”を見たのかもしれない。
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