さよなら、故郷

海湖水

さよなら、故郷

 私の故郷は、一言で言うならば田舎だった。

 日用品を買いに行くには、車で1時間はかかるし、周りは田んぼや森や山ばかり。夜中にはタヌキとキツネが庭を踊り狂い、イノシシが野草ビュッフェを楽しんでいた。

 正直、私はすぐにこんなところから出て行きたかった。ここに住んでいるのも、先祖代々ってのが大きな理由で、わざわざ家をリフォームまでして、この村に留まり続けていた。

 そんな私も、大学生になる。

 受験した大学は、村からある程度離れている県内の大学。もちろん村から通うことなんてできないから向こうに住むことになる。

 母に相談したら意外にも一人暮らしすることには賛成してくれた。まあ、この村から大学に通うなんて不可能に等しいし、私が小・中・高と長い間登校に苦労していたことを知っていたからということもあったかもしれない。

 父も賛成してくれたが、村から離れる際にお世話になった人に挨拶に行っておいで、とすすめてきた。いや、まあ断る理由もないから、承諾したが。

 しかし、なんやかんやで一人暮らしの用意に時間がかかったこともあって、実際に挨拶に回ることができたのは出発の前日だった。


 「あら、明日出発なの?」

 「そうなんですよ〜。一人暮らしの始まりです」

 「そうなのね、寂しくなるわね。この村で若い子はあなただけだったから」

 「ははは、そうですね」


 私は今、上手く笑えているだろうか。

 小さい頃はよく喋った人でも、歳を重ね、中学生、高校生になれば話す機会がガクンと減る。そうなると、いざ喋るとなると、気まずさが爆発しそうになる。必死に笑みを作って、相手の話に合わせるのは、大きな疲労を与えてくる。


 「確かに、私がいなくなればこの村の最年少って……50くらい?そりゃ寂しくなるとか言うよね……」


 私はぶつぶつと独り言を呟きながら、自分の家へと帰っていた。周りに人がいないことがほとんどのこの村で過ごしていると、独り言が癖になってしまっていたが、人のいるようなところに出ると、ブツブツと独り言を呟くのは恥ずかしい。早くこの癖も直さなければ。


 「って、久しぶりにこの辺来たな。……確か神社があった気がする」


 気づくと、私は道の脇に逸れるとある神社の方へと向かっていた。

 幼い頃はよく神社の近くで遊んでいたが、最近はまずこの辺りに来ることは無くなっていた。どうせこの村に戻ってくることなんてほとんどないんだ。最後に寄ってみようか。

 神社は、雑草や落ち葉に囲まれて、鳥居も見えにくい状態になっていた。私が小さい頃はそんなことはなかったのだが、この村に高齢者が多くなってきたこともあり、管理できる人が減ってきたのだろうか。


 「なんかそう考えると寂しいな」


 賽銭箱の方を見ると、近くに箒が置いてあるのが見えた。

 どうせなら、掃除して帰ろうか。

 私は箒を手に取るとパタパタと周囲を掃き始めた。



 「意外と綺麗になったな」


 1時間後、小さな神社だったこともあり、私は神社の掃除を終わらせていた。

 私の中に湧き出てくる謎の達成感。悪くない気分だ。


 「じゃ、さよなら」


 私は鳥居に向かって一礼すると、帰路についた。

 その辺りの道には、かつての私が走り回っている。神社のそばには、夏に暑いと言いながらお茶を飲む私がいた。

 またこの村に帰ってきたら、ここに来るのも悪くない。昔の思い出が残っているのだから。

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