ウォルターの話

ぶいさん

こんなユニークな家族がいてもいいでしょ?

 僕の名前はウォルター、44歳。

 見た目は普通の男だけど、ちょっと変わった体質がある。

 生まれつき、僕の睾丸は股間じゃなくて足の裏にある。

 医者には「極めてまれな先天性異常」と言われたが、原因は不明だ。


 子供の頃はこれが恥ずかしくて、体育やプールは地獄だった。友達にバレたら終わりだと、いつも隠していた。さらに奇妙なのは、足の裏の睾丸が痛むと、股間に鋭い痛みが走ることだ。

 まるで体が「そこにあるはずのもの」を感じているかのようだった。


 この痛みは、僕の人生に予想外の試練を投げかけてくる。


 僕のそばにはジョゼという女性がいる。

 5年前、小さなカフェで出会った恋人だ。彼女は温かい笑顔と、どんな話でも受け止める優しさを持っている。

 僕の体質を初めて話したとき、ジョゼは目を輝かせて


「ウォルター、それってまるで秘密のスーパーパワーみたい!」


 と笑った。彼女のおかげで、この変な体質も少し愛おしく思える瞬間がある。


 でも、この体質は時々、僕を容赦なく襲う。


 例えば先週、ジョゼと公園を散歩していたときだ。彼女が「ウォルター、ちょっと走ってみない?」と無邪気に提案してきた。僕も調子に乗って、芝生の上を駆け出した。すると、突然、足の裏に激痛が走った。小さな石を思いっきり踏んづけてしまったんだ。


 瞬間、股間に雷が落ちたような痛みが炸裂した。僕はうめき声を上げてその場に膝をついた。

 ジョゼが慌てて駆け寄ってきて、「大丈夫!?どうしたの?」と心配そうに覗き込む。僕は顔を歪めながら「石…踏んだ…足の裏…」とやっとのことで答えた。彼女は一瞬困惑したけど、すぐに僕の体質を思い出して、「ああ、そっか! ごめん、ウォルター!」と手を握ってくれた。

 痛みは10分ほどで引いたけど、股間の幻の痛みはしばらく消えなかった。


 家族の話になると、僕は少し言葉に詰まる。両親は僕が20歳の時に交通事故で亡くなり、兄弟もいない。一人っ子だったから、家族といえば両親だけだった。彼らは僕の体質をもちろん知っていたけど、決してそれを恥ずかしいとは言わなかった。


 母は「君はユニークなデザインなんだよ」と笑ってたし、父は無口ながら、僕がいじめられたときは黙って抱きしめてくれた。あの温もりは、今でも心のどこかに残っている。家族を失ってから、孤独が日常だった。経理の仕事は数字と向き合うだけで、誰かと深く関わることは少なかった。


 そんな中、ジョゼと出会ったのは奇跡だ。彼女には姉と弟がいて、家族の集まりはいつも賑やかだ。ジョゼの家族に初めて招待されたとき、僕は緊張で足が震えた。

 彼女の姪っ子が庭でボール遊びをしていて、僕に「キャッチして!」とボールを投げてきた。反射的に足を動かしたら、僕は勢い余って庭の縁石に足の裏を強打してしまった。ズキン! 股間に電流のような痛みが走り、僕は顔を真っ赤にしてうずくまった。


 ジョゼの弟が「ウォルター、大丈夫か!?」と笑いながら近づいてきたけど、ジョゼがすかさず「ちょっと! 彼、足痛めてるだけだから!」とフォローしてくれた。彼女は僕の体質を家族に話してない。

 だから、僕の突然のリアクションはただの「足の痛み」に見えたはずだ。恥ずかしさと痛みで、冷や汗が止まらなかった。


 ジョゼの家族の温かさは、僕が失ったものを思い出させる。彼女の姉の子供たちが走り回り、弟が冗談を飛ばす食卓は、僕が子供の頃に夢見た「家族」の姿そのものだ。

 でも、その賑やかさの中で、僕は自分の体質に縛られる。子供を持つことを考えると、不安が胸を締め付ける。僕の体質が遺伝したら? 


 子供に同じ痛みを味合わせたくない。


 ジョゼは子供が大好きだ。彼女が姪っ子と笑い合う姿を見ると、彼女が母親になったらどんなに素晴らしいだろうと思う。でも、僕にはその未来を確信できない。


 先日、ジョゼの実家でバーベキューがあった。庭で子供たちがサッカーをしていて、僕も誘われた。最初は遠慮してたけど、ジョゼの「ウォルター、楽しもうよ!」という笑顔に負けて参加した。

 ボールを追いかけて走っていると、突然、子供の一人がボールを強く蹴り、僕の足の裏に直撃した。瞬間、股間に激痛が走り、僕は叫び声を上げてその場に倒れ込んだ。


 ジョゼの家族が一斉に「ウォルター!?」と駆け寄ってくる。僕は「大丈夫…ボールが…足に…」とごまかしながら、痛みに耐えた。ジョゼがそっと手を握って、「ごめんね、無理させちゃった」と囁いた。彼女の目には心配と優しさが混ざっていた。 


 痛みはひどかったけど、彼女の存在がそれを和らげてくれた。



 その夜、帰り道でジョゼが言った。


「ウォルター、なんか元気ないね。痛みのせい?  それとも…何か考えてる?」


 彼女の声に、僕は思い切って本音を話した。


「ジョゼ、僕の体質、子供に遺伝するかもしれない。君が子供欲しいの知ってるから…それが怖いんだ。」


 彼女は信号待ちの交差点で立ち止まり、僕を見つめた。


「ウォルター、家族って血の繋がりだけじゃないよ。あなたと一緒にいること、笑ったり支え合ったりすること、それが家族だと思う。」


 その言葉に、胸の奥が熱くなった。


 ある日、ジョゼとスーパーで買い物中、重い荷物を落として足の裏に直撃したときは、股間の痛みで意識が飛びそうだった。ジョゼは笑いながら「ウォルター、今日は不運の日だね!」と冗談を言ったけど、彼女の手が僕の背中をさすってくれるのが救いだった。


 そして今、僕たちは小さなアパートで暮らしている。ジョゼが作ったスープを飲みながら、テレビでコメディを見て笑う。こんな時間が、僕の新しい家族の形だ。足の裏の睾丸は、相変わらず痛む。


 でも、ジョゼがそばにいると、その痛みも少し軽くなる。いつか、僕たちの食卓に新しい誰かが加わるかもしれない。子供かもしれないし、別の形かもしれない。どんな形でも、ジョゼと一緒なら、きっと温かいものになる。


 痛みも、愛も、僕の一部だ。




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ウォルターの話 ぶいさん @buichi

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